第29話 退職日

 退職当日、前日慌てて買い求めたお菓子を持って同僚たちの机を巡る。

 これが退職者の恒例の挨拶周りである。

 K課長の嫌がらせで退職日が分からなかったので退職者へと用意される花束は無しになった。

 七年間居た会社もこれでお別れかと思うと寂しいが、明日からはクソ課長の顔を見ないで済むかと思うとほっとした。


 女性社員二人に声をかけ、会議室に連れ込むとタロットカードを展開する。

 ずっと前に人生を占うと約束していたのだ。私は約束は破らない。

 ふと気づくと会議室の窓に群がって同僚たちが覗いている。

 思わず、ヤプー(ガリバー旅行記)どもめ、と呟いてしまった。

 何か愁嘆場が進行していると想像したのだろうか。

 覗きが恥ずかしい行動だと理解していないのか。

 自分の精神の惨めさを晒してそれで善いと思っているのか。

 他人のことなど放っておけばいいのに。

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