第28話 退職手続き

 総ての仕事が終わった。


 年末を目標として辞表を提出した。労働者が辞める場合は最低でも二週間前、労働者を辞めさせる場合は最低でも一カ月前に通知が原則だ。


 飲み友達と飲み会をし、古い顔見知りたちに壮行会をしてもらう。

 人事からは一言、「本当に辞めるのか?」とだけ電話があった。引きとめなんかしてくれない。課長による人物評価が無茶苦茶なんだろうな、とは思った。

 山ほど仕事をしたのだけどねえ。

 おぶさりてぇのT先輩は辞める理由を人事に聞かれて、今住んでいる住宅についての不満を話したら、では副社長が住んでいた社宅を世話するからとまで言われたそうだ。

 なんともこの大きな差よ。人事の考課と現場の評判の差は限りなく大きい。

 一回でも現場の声を聞けば真の評価は分かるものだが、人事の人間はそういうことは決してしない。会社の中で一番怠惰なのが人事部というものである。


 I部長はこちらの顔を見てニコニコしながら一言。

「止めても無駄だろうな」

 ええ、止めても無駄ですとも。でも私だけ、牛鍋シャブシャブ屋には連れて行って貰えないので?

 まあ、別にお肉なんか食べたくないけど、その扱いの差にはショックを受けた。

 なぜか私を見て少しでも報いてやろうと考える人間はこの世には皆無である。


 なかなか退職の日が決まらない。K課長に言っても返事が無いのだ。訊ねても押し黙って睨むだけ。

 挙句の果てにこう言われた。

「そんなに急いでいるなら、冬のボーナス前に辞めたらどうかね」

 あほう、という言葉は呑み込んだ。どこまで嫌味なんだコイツは。

「それでは故郷へ帰る旅費が出ないじゃないですか」

 だいたいこのボーナス、本年の3月から9月までの在任期間に対して支払われるものだから、堂々と貰う権利がある。


 12月27日。仕事日は今日も含めて後二日。まだ退職の日は不明のまま。アパートは今月一杯で契約が終わるので、気が気ではない。

 別の部署に自席があるI部長を探し出して直接尋ねてみる。

「部長。私の退職日はいつなんですか」

 I部長が目を剥いた。

「何! あいつまだ言っていないのか! 君の退職日は明日だ」

 うわ、と声にならない声が出た。

 もちろん、K課長の幼児性に対してだ。何という惨めな嫌がらせ。


 ついでに考えた。こちらが退職日をここまで知らされていなかったのだから、退職要請という行為が成立するのは今日ということになる。

 つまり私には後二週間この会社で働く権利がある。そうすれば、間違いなく法律問題となり、この問題は社長の耳にまで届くだろう。

 そうなったら、K課長の出世はどうなる?

 やってはいけないことの区別がつかないほどのバカなのだ。K課長は。

 いろいろ仕返しを考えたが面倒臭いので止めた。これ以上、この人に関わりたくない。


 うちに帰ると、お客様用の布団を引きずり出し、黒いビニール袋に入れてそのままゴミ捨て場に捨てる。

 家に送るのは溜まった本の山だけだ。大型TVも窓掛け型エアコンもすべて友人にあげた。食器はすべて片付け、机ももういらない。何もかも空っぽだ。


 我が家に帰ろう。母と猫の待つ、本当の我が家へ。

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