第27話 おぶさりてぇ
イライラしながらラベンダーのポプリを組み込んだ偽タバコを吸う。
嫌味課長の視線が届かないのはここ喫煙室だけだ。他のメンバーが一日中どこへ逃げているのかは知らない。ヤニで抹茶色の龍神札が哀れだ。事業部長の不信神者め。
退職について話しているとT先輩が誘いをかけてきた。
この人も近々退職を考えているらしい。
一緒にかっての先輩が部長をしている他の会社に移らないかとの話だ。
このときは知らなかった。
T先輩は妖怪『おぶさりてぇ』だったのだ。それも大妖怪クラスの。
仕事がしたくないが高い給料は欲しい。だからだれか自分の代わりに仕事をする人を一緒に連れていかねばならない。自分一人で移れば朝から晩まで仕事をしないといけなくなる。だがすでに課内では彼が妖怪だということはバレている。
それで白羽の矢を立てたのが何も知らない私だったというわけだ。
T先輩の課の同僚たちはこれを知っていたが私には教えてくれなかった。どうやら友達だと思っていたのは私だけだったようだ。
なにはともあれその会社の部長さんに会ってみた。
新部門の立ち上げでASICと呼ばれるカスタム可能なLSIの作成を行うらしい。
提示された待遇は年収600万円、移籍料200万円。相当な魅力だ。現在の残業込みで年収五百万円よりは各段によい。
(ちなみに当時はバブルの時代で技術者の引き抜きには移籍料が出ていた。平均は400万円で、つまり私は自分を過小評価するタイプということだ)
退職した後にやりたいことがあったので、半年、故郷で過ごすことに決めていた。移籍するのはその後だ。
T先輩もわざわざ私の都合に合わせて、私が移籍してから自分が移籍するように時期を調整した。
当時はこれを不思議に思っていたが、T先輩が私に全面的におぶさるつもりだったのだと考えればきっちりと符合する。まず宿主が移ってから、寄生虫も移動するのだ。
私は知らなかったが、次の会社生活が地獄になることはこの時点で決まっていた。
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