第26話 仕事の終わり
CPUがチップの製作フェーズに入り、マイクロプログラムの役割も終わった。手が空いたので、東大出のダボハゼが手をつけようとしないマニュアル作りに取りかかることにした。
あちらこちらに手を入れ、ワープロで書き上げる。K課長から見えない位置のワープロ機を選んで、作業を進める。目が合ったりすれば、また何か嫌味を言い始めるに違いない。
嫌味な人間が地位ある立場につくことはそれだけで罪である。他人の寿命を縮めるだけの結果に終わってしまう。
マニュアルはほぼ全面書き直しとなった。ダボハゼ君はこの五年間実質何の仕事もしていなかったからだ。
イタズラ半分にマニュアルのあちらこちらに暗号の形でプロジェクトに関わった人たちの名前を埋め込む。ダボハゼたちと課長の名前は抜いておいた。
K主任だけは目ざとく暗号に気づいたが辞めろとは言われなかった。楽しい人である。
三か月が風のように過ぎ去る。全体のプロジェクトがほぼ終了に近づいたので、他の会社から来ていた手伝いも他の部門から投入されていた人員もみな自分の古巣へ帰ってしまっていた。会社を辞めた人間も相当な数に上り、かっての隆盛はどこにやら、寂しい風景が広がっている。
プロジェクトの完成を祝って、社長による表彰式が行われた。何と驚くことに報奨金まで出た。プロジェクトメンバーで割ると、一人当たり二千円にも達するという大盤振る舞いだ。残っているメンバーが二十人程度なので会社としては四万円もの巨額を支出したことになる。
プロジェクト自体はコンピューター関連の支出だけで80億円、全体で200億円ぐらい使ったという話だったので、やはりこの会社は社員をゴミとしか思っていないのが良くわかった。
表彰式が終わると、乾いたお寿司とパサパサのサンドイッチ、そして早い者勝ちのビールでお祝いだ。
乾杯に合わせてビールに一口だけ口をつけ、食事に手をつけていないことに気付かれないように、宴会が終わるまで会場をうろうろする。
誰がこんなケチ臭い食い物を食べて慰撫されてやるものか。そんな考えが根底にあった。それでも体を壊す寸前まで仕事に前向きを貫いている自分が情けなかった。
職業意識は最後には自分の敵に回るのだとまだよく理解していなかった。
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