第24話 転回点
「お前知っているか? 母さんが倒れたんだぞ」
兄から電話が入った。
今年は暑い夏だった。アイスクリームを毎日食べていたら、糖尿病性の昏倒を引き起こしてしまったらしい。
後で母に聞いて見たところ、そのときたまたま母の家を訪れていた兄にタクシーを捕まえてこいと倒れた母は言ったそうだ。母は救急車を呼ぶべき場面でも絶対にタクシーを使う。
パニック状態のまま外に飛び出していった兄はしばらく経ってから戻って来ると、タクシーが見つからないんだと言い訳した。
兄は周囲に威張り散らし、ひたすらに弟を虐めることに情熱を燃やす男であったが、ひどく肝が小さい男である。一度パニックになると思考が完全に停止する。
仕方なしに母は自分で外に出るとタクシーを見つけて病院に行った。
それがトラウマとなって、今回のご注進となったらしい。
いざ母が倒れてみると周囲にいるのは自分だけ。これでは日頃からウチの一族の頭領は長男たる俺だと威張り散らしている兄は、このままでは動けなくなった母の面倒を見るのは自分になってしまうと考えたのである。
優しく親思いの弟に知らせておけば、こいつは自発的に親の面倒をみるだろう。そう考えたのである。
まあ親不孝者の狙いなんかどうでもいい。
考えてみれば、こちらに出てきてから七年間、母親を一人放置してきたようなものだ。盆暮れには帰省していたが、それだけでは内実は判らない。
こちらに呼ぼう。そう思った。
幸い2DKに住んでいるので、無理をすれば二人で住めないわけではない。
問題は、母が飼っている猫だ。
大家さんに相談してみると、そういう理由ならと認めてくれた。
有難い、有難い。
さっそく親に話をしてみる。乗り気、というより喜んでいる。子供たち三人巣立った後の期間はずいぶんと寂しかったらしい。
ところがここで隣の人から横やりが入った。うちだって猫を飼いたいのを我慢しているのにとクレームがついた。
嘘つきめ。前に野良の子猫で迷惑していると文句を言ってきたのはお前じゃないか。ただ単に誰かが少しでも幸せになるのが我慢できなかったというのが真相だろう。
だがこれで大家があの話は無かったことにしてくれ、と言って来た。
仕方が無いので猫が飼えそうな家を探す。
ところがこれが無い。当然というか借家で猫は厳禁されている。不動産屋に至っては、猫が飼いたいならばローンで家を買えとパンフレットを出して来た。もちろんこんな若造に家など買えるわけがないと見切っての嫌味である。
日本人が優しい民族だという妄想はどこから湧いたものだろう。どう考えても日本人は金儲け第一主義のエコノミニックアニマルだ。外国の評価の方が正しいと思うことしきりである。
少なくとも私は他人に優しくして貰ったことは長い人生の中で五本の指で数えられるほどしかない。他人には優しくしてきたが、それが返って来たこともない。それどころか礼一つも言われたことはない。いつもラッキーの一言で済まされる。
暇話休題。
猫や犬などを排除すると、猫の働きをする人間、犬の働きをする人間が分化して生じる。これは生態系の原則だ。現代日本にこれほどの数のニートが生じたのは、動物を排除していった結果かも知れない。
もう一度、暇話休題。
いろいろあって思考が噴火点に達してしまった。この辺りが覚悟のつけどころかも知れない。
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