第23話 サンプル

 CPUの回路設計が完成し、実際の製品が作られた。こういった高密度半導体回路のLSIは中心部の面積で不良率が決まる。

 半導体の不良は主にベースとなるシリコン・インゴットの格子欠陥と呼ばれる傷や、回路を刻むときの微細ゴミの侵入により起こる。

 そのため面積が大きくなるほど作動部分に欠陥が生じる確率が上がり、最終的に動かなくなる。今回の製品は当時でも最大クラスのCPUなので面積は凄く大きく、不良率が凄い。二百個作ってまともに動くのは一個程度。


「一つやるよ」

 K主任がテストに落ちた作ったばかりのCPUを一つくれた。

 手に載せてみると確かに大きい。それに足の数が半端じゃない。百数十本の足が林立する。ふと思いついて足を曲げ、細工をしてゴキブリの形にしてみた。

 それをみてK主任が眉をしかめた。

「それ一つ幾らだと思う? 二百万円だぞ」

「でも動かないんでしょ?」

 動くやつだったら大変だ。ちょっと胸がどきどきした。

「まあ、そうだけどな」K主任が頭を掻いた。

 動くやつはこれから動作検証へと使われる。同時に不良解析が行われ、不良率を下げるための血の滲むような努力が行われる。一枚のシリコン・インゴットから一個動くものが取れるのと、二個取れるのとでは値段が倍違うことになる。


 だが、このCPUの将来はすでに決定している。

 売れないのだ。時代はすでに先へと進み、本来の予定よりも三年も遅れて開発されたものに市場参入への道は無い。

 K課長がその無能さで徹底的に邪魔さえしなければ間に合ったのに。唇を噛んだ。もちろん、このCPUが売れたからと言って、私にはこれといって得は無いのだが。

 それでも職業意識というものがある。これこそが技術者の美学である。

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