第19話 日々これ苦痛
埃だらけの机の上に、フロッピーディスクが裸で放り出してある。ワープロ作業の合間にトイレに行って帰って来るとこうなっている。K課長の仕業である。四台あるワープロ機は2台まで空いている。何故わざわざ自分が使っているワープロ機からフロッピーを抜くのだろう。
もちろん、嫌がらせである。埃まみれとなったフロッピーディスクを回収し、慎重に埃を吹き飛ばした後に、内容を確認する。
良かった。中身は無事だ。トイレに行く前にセーブしていて良かった。それよりも何よりも、この時代のフロッピーディスクは脆弱だし、蓋というものができない。卑しくも技術者ならば、間違っても埃だらけの机の上に、素のフロッピーディスクをほうり出したりはしない。
K課長に対する軽蔑がいや増した。
怒鳴り合いこそしていないが、既に人間関係がどうこうと言うレベルは越えている。
遣り切れないので、そこを離れて、喫煙室へと向かう。
分煙の潮流に乗り、この新社屋では喫煙室が新設されている。とは言え、それほど立派なものではなく、単に部屋として分離されているだけで、煙は周囲にダダ漏れである。
部屋の中には事業部長が事業の成功を祈って授かって来た龍神様の立派なお札が飾ってある。恐らくはこれ一枚で十万円は取られたはずである。
龍神様は蛇と同じ性質を持っていて、タバコのヤニが大嫌いである。その龍神様のお札が真っ黄色になるほどのタバコ部屋においているのだから、祟られないわけがない。
無知とは恐ろしいものである。
そんなことを考えながら、自家製のタバコを取りだし火をつける。
タバコは私も大嫌いである。だからタバコの中を抜き取り、替わりにラベンダーの花を詰めてみた。もちろん煙は吸わない。吸うふりをしているだけである。
こうでもしないとK課長の視線の届く範囲から離れることができない。他のみんなは一日中どこに消えているのやら謎である。
そういえばK課長に媚びを売っていたただ一人の男NM氏はどこに消えたのだろう。おそらく辞めてしまったのだろう。
「自分の仕事以外の仕事をするのは馬鹿だよ」と面と向かって言われたのを思い出す。
馬鹿はお前だ。自分の範囲だけの仕事をやっていて、仕事が片付くものか。仕事というのは自分の範囲から一歩先まで足を踏み込まないとうまく回らない。それが判らないからお前は仕事ができないんだ。
そう思ったが、何も言い返しはしなかった。三つの子供じゃあるまいし、成人した大人が恥ずかしいセリフを堂々と言っているのだ。説得して聞くわけも無し。
そんなことを考えながらラベンダーの花の焼ける煙をくゆらす。やっぱりただ焦げ臭いだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます