第11話 科学博
筑波で科学博が催された。
会社が作ったコンピューターグラフィックスが大好評を博していたので、有志を募って見に行くことにした。
超がつく演算能力を使っての分子挙動の拡大映像である。その美しさが評判になり、この科学博の目玉となっている。
どうせなら、本社のどこかで映し出してくれればいいのに、社内に対してそういうサービスをやるという意識は皆目無い会社なのだから仕方ない。
奴隷にサービスをする必要がどこにある?
これより後の時代に流行った言葉に会社の家畜という意味での社畜という言葉がある。この方が実感に近いかもしれない。
我々は家畜なのである。家畜には教養も娯楽も不要なのだ。
何はともあれ、六人ほど集まったので、二台の車に分散して出かけることにした。片道ほぼ二時間の道のりである。
朝早くに出る予定だったのだが、集合時間に遅れて来る人間が出るのは伝統だ。結果として向こうについたのは朝十一時頃。
集団行動を取るかと思ったが、ぱあっと分散した。携帯電話が存在しない時代だ。一度逸れたら、迷子になること必至。車を止めた場所を記憶してそこに集まるしかない。
こちら三人組はさっそく自社のイベント会場へと向かった。
並んでいる行列を見て、膝から力が抜けた。
ずらりとイベント会場を二周する行列の先端に、六時間待ち、の札が掲げられている。流石に一番人気だけはある。
待っているだけで日が暮れる。
諦めて一番短い行列のパビリオンに並ぶ。ロシア館だ。待ち時間四十分。
中に入って見ると、何のことはない。お土産品の展示会だ。マトリョーシカ人形が並んでいる。
別に欲しくない。欲しくないなあ。
やる気ないだろ? ロシア君。
後は炎天下、適当に各パビリオンの外観だけを眺める。どこも行列ができている。一つ並べばそれだけで一日が終わる。
つまらん。つまらん。つまらん。
これらの中のどれだけが、数時間かけて並んで見る価値があるのか疑問である。
一時間ほどぶらぶらと歩いて、帰ることにした。もう一台に乗っていた三人組はどこにいるのか判らない。もしや、あの六時間の行列に並んでいるのか。
行きに二時間、向こうで二時間、帰りに二時間。それでせっかくの休日は潰れた。骨折り損のくたびれ儲け。
休日の会社でぶらぶらする。残りの組はまだ帰って来ない。流石に今から仕事をする気はしない。
やがて残りの車を運転していた自己中のI先輩が帰って来た。
一人だ。
あれれ、残りの連中は。
「置いて来たよ。もちろん」I先輩が飛んでもないことを言いだした。
向こうに着いてすぐに冗談半分にまかれたらしい。しばらくぶらついた後に自分を置いてけぼりにする連中を待つ必要は無いと考えて、そのまま帰って来たらしい。
相も変らぬ人間関係の破綻っぷり。やる方もやる方だが、やられる方もやられる方だ。
流石というか、呆れるべきか。
この人の精神はまともじゃない。
夕方になって、残りの連中が電車で帰って来た。
「お土産買って車のところに帰ったら、車が無い。まさか置いてけぼりにされたわけじゃなかろうと考えたが、あいつならやりかねんと気づいてな。お土産買って財布の中に残ったのは二千円」
あやうく帰れなくなるところだったよと愚痴る。
ご苦労さま。結局誰も目的の自社パビリオンは見ず仕舞い。これから先も死ぬまで見ることは無いだろう。
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