第10話 飽くなき戦い

 この仕事のプロジェクトリーダーはK主任である。K主任は、会社の人閥にきっちりと組み込まれている人である。この会社には2つの人閥が存在していて、交互に社長と副社長についている。

 K主任、K課長、I部長は全部同じ人閥に所属している一つの糸なのである。

 とは言え、同じ人閥に所属するからと言って仲が良いわけではない。K主任とK課長はことごとく対立した。

 K主任は東大出身の万能型の人物である。


 私見ではあるが、東大出身者には大きくわけて二種類が見受けられる。万能型と秀才型である。

 万能型はさしたる勉強をすることなく結果を引き出す。独自の知識集積体系を頭の中に持ち、非常に合理的で賢い。一を聞けば十を知るのがこのタイプである。

 一方で秀才型はテストに特化したタイプである。勉強はきっちりやり、覚えも悪く無いが、何も結果を出さないのが特徴である。つまり予め答えが用意されたものの答えしか出すことができない人物ということである。開発の仕事というものはイレギュラーの塊であるのが常なので、こういう能力ではまったく役に立たないのだ。

 プロジェクトメンバーの中にはもう一人、秀才型の東大出身者のF氏がいて、資料整理を任されていた。逆に言えばそれ以外の役に立たなかったのである。


 暇話休題。(なにはさておき)


 毎日がほぼ会議で潰れた。

 K課長が朝から会議を招集する。業務命令なので全員出ざるを得ない。会議の席上では、K課長とK主任が議論している。議論のサイクルはほぼ二時間で、最後は当たり前だがK主任の結論が通る。するとK課長が言いだす。

「だからそれが最初から僕が言っていることじゃないか」

 絶対に議論に負けない意味のない言葉。ポリス時代のギリシアならさぞ流行った弁論術だろう。

 そして次の議論に移る。二時間経つと同じセリフがK課長の口から放たれる。

「だからそれが最初から僕が言っていることじゃないか」

 これが一日4セット繰り返された。そしてそれが月曜日から金曜日、ともすれば土日まで繰り返された。

 K課長の頭の中では常に議論に勝っているわけだから、会議を開くのが止まるわけがない。

 管理職ができるのは会議だけである。設計はできない。だから、仕事が遅れれば遅れるほど会議を開く。悪循環の最たるもの。


 そしてK課長は業務命令として他の部下も会議に出ることを主張し続けた。最後には部下も呆れて勝手に会議をさぼって仕事をしていたが、そうするとK課長はその人間を連れて来るように命令するのである。

 彼の頭の中では自分の栄光の瞬間に出席しない部下がいてはならないのだ。


 仕事は残業時間か、もしくは会議室の中で会議を無視して行うしかなくなった。

 無茶な話である。二年で完成するはずのCPUプロジェクトは、この課長の延々と続く暴挙のお陰で結局五年の歳月を要することになった。

 それに要した金額は80億円。(現在の160億円)

 このすべてが課長一人で作り出した損害である。だが部長より上の連中は誰もそれを知らない。

 後にこのプロジェクトの完成によりK課長は社長に表彰されることになる。

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