第6話 新メンバー(下位)

 ある程度プロジェクトが進行すると作業者が増員された。

 どこかの協力会社からの応援らしい。

 こういう他のプロジェクトへの応援人員はその種類がキレイに二分されることが多い。

 プロジェクトから何かを得ようとしている部署は自分の所の一線級を送り込む。いやいや出している部署からは自分の所のお荷物を放り込んでくる。

 特にこの協力会社は直前に一つの会社がもう一つの会社を吸収している。

 だから元がどちらの会社に所属していたかで人員の質ががらりと変わっていた。やはり業績が悪い会社の人員は質が大変に悪い。


 Y氏は仕事はできるが周囲の人間をディスりまくるという悪い癖があった。まったく言葉を抑えないのである。結果、会議のとき以外は誰も彼とは話をしようとはしなかった。

 それでも仕事は進めるので皆うるさくは言わなかった。注意したのは現場監督Kさんぐらいのものである。


 金釘君は非常に神経質で誰かが私語をしていると仕事しろと怒鳴りつける人であった。常に怒っているのだ。彼自身は仕事ができないようで、前述のY氏からは『バグ出し小僧』と罵られていた。

 彼の一番の問題点は字である。ワープロの普及がまだまだなので書類は全部手書きが普通だ。その中で彼が報告書に書く文字はすべて飾り文字であった。いや、飾り文字というよりは金釘が並んでいるかのような特殊な文字であった。彼は定規を当てながらこの文字を『描く』のである。もちろん物凄く読みにくい。

 何度も注意されたのだが、結局最後までこの金釘文字を止めなかった。

 同じ会社から来た同僚に、昨夜血をどんぶり一杯吐いてね、などと話をしてドン引きされたりもしていた。

 静かに深く狂っている。そんな感じだった。


 H氏は眼鏡をかけた典型的なできない君だった。見た目もアホウだが、中身もその容姿を裏切らない人であった。

 自己中I氏と東大出のF君そしてこのH氏を机に座らせておくと、三人揃って何もせずに一日机に座り続けるという異様な光景が出現する。

 人間というよりはマネキンの群れと言うべき人たちだった。


 K氏は妖怪おぶさりてぇだった。真っ先に課の潤滑剤を任じて人々の周りを飛び回り、そして通例の如く私の背中におぶさった。

 私のマイクロプログラム部門との連携係を任じたのだ。

 その他にもマネキンたちの教育計画を立て、私をその教官として引っ張り出したりなど、余計な仕事を山ほど作りだしてくれた。

 こういうのが味方のフリをした敵である。



 中でも変わり種はO嬢だ。

 彼女は初出社の日に友達から貰ったハワイ土産の香水をつけようとした。それ自体は問題はない。問題は彼女が香水の瓶をひっくり返してまともにそれを浴びてしまったことだ。

 新人の紹介のときにその体からは凄まじい香水の匂いが漂っていた。香水は一度大量に付着すると洗ってもそうそうは落ちない。

 そんな事情を知らない課員たちは皆これは凄いケバ嬢が来てしまったとドン引きした。

 本来なら課長が課内の人間関係のメンテを行う。それが管理職の仕事の一つである『人間管理』だ。だがここの課長は自分の頭を必死で撫でるのに忙しくてそんなことはしない。

 それから五年間、誰も彼女とは話そうとはしなかったのでこの誤解はいつまで経っても解けなかった。


 コミュニケーションとは難しいものである。

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