第5話 新メンバー(上位)

 新しく加わったメンバーの中には東大出身者と京大出身者が二人づつ混ざっていた。


 東大出身者はK主任とF君だ。


 K主任はバリバリのエリートである。恰幅が良く、押しが効き、頭脳明晰で、人当たりが良く快活。常に分厚いビジネス手帳を持っている。

 プロジェクトのすべてを見事に管理し、牽引したのはこの人であった。社長派閥にも受けが良く将来を嘱望されていた。

 まさに東大生と聞いてイメージされるような存在である。

 K課長とは仲が悪かった。(もちろん他のメンバーも一人を除いて課長とは仲が悪いが)

 このプロジェクトが終わった後に一度会う機会があったが、こう愚痴っていた。

「嫌になるよな。俺が上げた業績は全部あの課長の手柄になるんだぜ」

 結局この人はその後、惜しまれながらも会社を去ることになる。


 F君は東大出というのが唯一の取り柄の与太郎であった。

 頭が悪いわけではないのだが、仕事というものが一切できない。いま自分が何をすべきかということが一切思いつかないのだ。言われない限りは椅子に座って前を向いているだけを繰り返す。

 彼が使えないのは早い内に明らかになり、結果としてマニュアル作成係に回され、それすらもできなかったので、最終的にマニュアルは勝手に私が作ることにした。

 K主任は「あいつと俺が同じ東大出って信じられないだろ?」と良く嘆いていた。

 最終的にはプロジェクトが終わった後に彼は会社を辞め、和歌山医大の試験を受けて一発合格し、医者の道を目指すことになった。

 彼がそれから大勢の人間を死に追いやっただろうことは想像に難くない。



 京大出身者は天才SさんとK課長である。


 Sさんのことは、K主任はよく「天才バカボン」と評していた。

 見た目はバカボンを連想させる人なのだ。言葉も少なく、よく困った顔をして佇んでいる。

 だがこの人は本物の天才だった。

 これもK主任の言葉だが「頭の中はクレイ・ワン(当時の有名なスーパーコンピュータ)で、コミュニケーションはRS232C(低速通信)だからな」である。

 まさに巨大コンピュータがその頭の中でぶんぶんと唸っている人だった。

 彼と初めて話をする人は最初は舐めた態度を取るが、30分後には蒼くなる。目の前にいるのが天才だと分かるからだ。


 プロジェクトが進んだ頃にCPUのシミュレーション結果が出て来たことがある。

 A4版のプリント用紙一杯に細かな1と0が並んだものが数百ページ。これが大型コンピュータが吐き出す巨大データ群である。

 Sさんはペラペラとそれを捲っていたが、その手がピタリと止まった。部下に回路図を持って来るように言う。回路図はこれも数百ページにもなる膨大なものだ。そちらもペラペラと捲ると、そこに描かれている回路を指さした。

「ここ間違っています。確かめてください」

 二時間ほどして部下が戻って来るのを皆で捕まえて訊いてみた。

「どうだった?」

「間違っていました」

 どうやればこんなことができるのかと全員が呆れた。例えるならばこれは百桁の数値の掛け算をその場で暗算するのに等しい。

 天才とはこのようなものであるらしい。


 もう一人の京大出のK課長は耳の穴から間抜け汁が滴るほどの逸物だった。

 朝出社してご自分の席につくと、自分の頭を撫でながら、ときどき、あっ、と変な声をあげる。

 昼からもやはり自分の頭を撫でている。ときどき、うっ、と変な声をあげる。

 人の目は気にならないらしい。非常識H君のタイプである。


 仕事の出し方も無茶の一言。大きな工程表の中の行程線の上に、ずらりと同じ人物の名前が並ぶ。こんなことをしたら、仕事をこなせるわけがないのだが、それに対して課長は一言。

 「そんなのパラにやればいいじゃん」

 どうやら彼の頭の中では、部下は全員分身の術を身につけているらしい。

 さらに一人に与える仕事の量も半端ではない。一週間かかる仕事を与えておいて、その日の夕方に結果は出たか、と聞く。

 できていないと答えると、課長は一言。「そんなのチャッチャと片づければいいじゃん」


 管理職が仕事の工数を把握しないで、管理職の仕事ができるものならやってみろ。

 やってみた。

 そして仕事は破綻への道をひた走った。


 ちゃっちゃぱらぱら。間抜けの呪文。デスマーチは高らかに鳴り響いたのである。


 これで大人しければまだ許せるのだが、このK課長、部下をディスらずには一日が過ごせない人間であった。口を開けば嫌みに嫌み。

 口癖は「そんなの全然駄目じゃない」であった。ただし何が駄目なのかは絶対に言わない。最初から論理は破綻していて、ただ人に駄目出しを出したいだけであったから。

 K課長と仲良しなのは全力で媚を売っているN氏ぐらいで、残りの課員すべてがK課長を嫌っていた。


 彼は多くの後輩を虐め尽くして退職に追い込み、プロジェクト終了後には精神病院に入院することになる。

 やっぱりそうだったのかと驚く皆の目の前で退院してくると、謎の大出世で部長へと返り咲いて、ふたたび皆をあっと言わせることになる。



 部長はどこの出身かは知らない。

 いつも穏やかでニコニコしていて、何もしない。滅多にこの課にも顔を出さない。

 プロジェクト終了後に心臓麻痺で死んだと聞いた。

「いい部長さんだったのに」

 話をしてくれた人が嘆く。思わず答えてしまった。

「何がいい部長だ。いつもニコニコしているだけで、辞めて行った人間すべてが課長の惨い行いを報告しているのに指一本動かさなかった。やることと言えば課長を慰めるために飲みに連れて行くだけ。それのどこが良い人だ!?」

 私の本心からの言葉である。言い直す気はない。


 この会社は人閥制を取っている。社長派と副社長派が交互に社長となるのだ。

 人閥制では子飼いの部下の失敗は絶対に表に出ず、完全に抹消される。大事なのは自分と子飼いの部下だけであり、その他の者は生ごみとして扱われる。

 その結果がこれだ。



 狂った人間たちが作る地獄絵図。それがここだ。

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