第5話 室町武士の炎上
大和のスマホには、少し前までの賑わいはもうなく、通知の数も減少していた。友達からのメッセージや学校の連絡、家族のやりとりくらいしか表示されていない。時々、新しい投稿に「いいね」が付くのを見て、期待して開くものの、それも友人や知人からのものばかりだ。
「迷惑動画一つで有名になって、その後すぐ忘れられるなんて……」大和は、自分のSNSのフォロワー数が.一時期と比べて減少していることに若干の焦りを感じていた。彼の頭の中では、もう一度人々の注目を浴びる方法や、新たな話題を提供するアイデアが渦巻いていた。
しかし、彼の投稿の内容は、あくまで「普通の高校生」のものだ。学校の出来事や友人との思い出、趣味に関することなど、特別なことは何もない。その日の感じたことや考えたことを、素直に綴る彼の投稿は、迷惑動画の炎上から一転、彼自身の日常の記録としての色合いが強くなっていた。
「もう、注目されることを求めないで、自分の気持ちを素直に表現すればいいんじゃないか?」という気持ちと、「でも、人々の注目を浴びるのも悪くないよな」という気持ちが、入れ替わるように彼の心の中を行ったり来たりしていた。
放課後、教室を出ると、長い廊下が無人で、かつては仲の良かった友人たちの笑い声や話し声が遠くから聞こえてくる。誰かと話をすることもなく、彼はただ一人、無言で帰宅の途についた。
学校の門を出ると、思わず深いため息が出る。空は、どんよりと曇っており、そんな天気に心情が重くなったのか、はたまたその逆なのか、大和自身もよく分からなかった。
家に帰ると、母親が「学校はどうだった?」と声をかけてきたが、大和は「特になんもないよ」と答えるのが精一杯だった。部屋に閉じこもり、何も考えずにベッドに横たわる。何をしたら良いのか。どうすれば昔に戻れるのか。答えが見つからないまま、夜が訪れた。
夕食のテーブルを、大和の家族が囲む。皿の上の食事の音だけが、部屋を満たしていた。大和の元気のない顔に、母親が口を開く。
「大和、今日の学校はどうだったの?」母親が、心配そうに問いかける。
「別に……」大和の返答は、あっさりとしたものだった。
父親が、間を取り持とうと話題を変える。「週末は家族で、どこかに出かけないか? 気分転換になるだろう」
その時、家の電話が鳴り響いた。母親が出ると、相手は田舎に住む大和の祖母だった。短い会話の後、母親が大和に向かって言う。
「大和。おばあちゃんが、また何か渡したいものがあるって言ってる」
大和の顔が急に明るくなり、椅子から飛び上がって、受話器に手を伸ばした。「おばあちゃん! 次は何をくれるんだ?」
祖母の家は古い日本家屋で、足を延ばして正座をすると畳の香りが鼻をくすぐった。中央の広間で、祖母が一本の巻物を手に持って待っていた。大和と両親が座ると祖母は、ゆっくりと巻物を広げた。
「これは……家系図?」大和の父が、目を細めて見つめる。
祖母が、巻物の中央あたりを指で辿りながら話し始める。「見て、この名前」
大和の目が、その名前に留まった。記憶の片隅から、室町時代の絵巻物で見た名前と照らし合わせる。同じだった。
「まさか、あの迷惑行為をしていた、室町時代の武士?」大和の声が震える。
母親も、祖母の方を驚いた目で見た。「お母さん、これは本物なの?」
祖母は、うなずいた。「この家系図は、代々受け継がれてきたもの。間違いないわ」
大和の父は、興奮して言った。「これが本物だと証明できれば、また注目されるだろうね!」
大和の表情は、変わっていた。何か、新しいアイデアが浮かんできたようだった。
研究室は、ざわついていた。机の上には大和の家系図が広げられ、それを中心に多くの人々が囲んでいる。家系図に書かれた多くの名前。そして歴史研究が示す、大和の家系の迷惑行為の伝統。
「信じられない……この家系図を見ると、大和くんの迷惑行為が、遺伝的な背景を持っているような……」と美咲が驚嘆の声を上げる。
佐野教授は、にっこりと微笑みながら、「私たちは、ここで心理学の研究を超えた何かに立ち会っています。この家系図は、文化や歴史、そして人間の行動の本質に迫る鍵となるでしょう」
研究室のメンバーの健太が、家系図のある部分を指差しながら質問する。「教授、この人物は、たしか……」
「飲食店での迷惑行為を絵巻物に書き残させた、あの室町時代の武士です」佐野教授が即答する。「我々は、この家系図をベースに、様々な学問分野の専門家と協力して、これからの研究を進めていくことになるでしょう」
部屋には、興奮と期待の空気が満ちていた。研究室のメンバーたちは、自分たちの研究が、これほどの規模になるとは思ってもみなかった。
「この発見で、私たちの研究は新しいステージへと進むでしょう」佐野教授の言葉に、メンバーたちは歓喜の声を上げる。
学際研究の開始がニュースになり、大和は世間の注目を取り戻したのだった。
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