第2話 父親の炎上
絶え間ないネットの騒動の中、大和の父親が起こした「迷惑動画ブーム」は、まさに予想外の方向に進展していた。8ミリフィルムの映像、あるいはVHSに残された古い日々の記録が、全国の中高年男性たちによって、次々とアップロードされていった。彼らは自分たちの昔の行為を誇らしげに公開し、「俺が本当の元祖だ!」と競っていた。
ところが、そういった古い動画だけでなく、現在の若者たちも新たな迷惑動画を撮影し、今この瞬間もネットに投稿していることが確認された。
研究室内では、そんな状況を前にして、次第に若手の研究者たちの士気は下がっていった。続々と公開される動画には、目を背けたくなるような内容も少なくなく、何度も見なければならない研究者たちの苦痛は、想像を超えていた。
「もう限界だ…」「こんなの、人の心理学とは関係ないよね?」といった声が研究室内で、ちらほらと聞かれるようになった。一方、佐野教授は、そんな周りの空気にも動じることなく、自分の研究に集中していた。
短期間のうちに、国中が「迷惑動画ブーム」に夢中になり、その結果、大和のSNSの炎上も、次第に下火になってきた。その事態に一息ついた大和は、家のリビングで熱心に何かをパソコンに入力している、父親の元へと足を運んだ。
「お父さん、ありがとう」と少し照れくさい顔で礼を言う大和。自分の行為によって家族に迷惑をかけたこと、そして父親の動画が自分の炎上を和らげてくれたことに感謝していた。
しかし、父親がパソコンから顔を上げ、大和に返してきた言葉は、大和の想像を超えるものだった。「俺が、迷惑動画の元祖だと思ってたのに……」と、本気で残念そうな顔をしていた。
「え、そこ?」大和は、信じられないといった表情で父親を見つめた。
佐野教授の研究室の前で、少し緊張しながらドアをノックする大和。ドアが開くと、研究室のメンバーたちが一斉に顔を上げ、彼を温かい眼差しで迎え入れた。
「大和くん、お久しぶり!」佐野教授が、優しく微笑む。
大和は「本当に、ありがとうございました。あのとき、研究室のみなさんがいなかったら、どうなっていたか……」と感謝の言葉を述べる。
健太や美咲など、研究室のメンバーも彼の無事を喜んでいる様子だ。大和は「お礼と言ったら何ですが、僕を研究材料にしてくださいませんか?」と提案した。
佐野教授は驚きの表情を見せつつも、「それは、大変ありがたいお申し出です。若者たちの心の中の迷路を解き明かすのに、大和くんの協力は大いに役立ちそうです」と感謝の意を表した。
そこから数時間、大和は研究室で様々な心理学実験を受けた。彼の行動や思考を深く探求するテストに、大和も真剣に取り組んでいた。研究室の日が暮れるころ、大和は「これからも、よろしくお願いします」と言って、研究室を後にした。
研究室の雰囲気は、厳かなものとなった。健太が分析の結果をプリントアウトし、一人ひとりの目が、その紙に集まった。驚くような結果が、明らかになったのだ。
「これは予想外です……」佐野教授が、眉をひそめながら言った。
美咲が指摘する。「通常、犯罪行動の背後にある心理的動因や、人格の特質、そういったものを探るのが目的なのですが、大和くんのケースは一風変わったものですね」
健太もうなずき、「彼には一般的に考えられる承認欲求や、自意識の過剰さ、そういったものが見当たらない」と感想を述べる。
「実際、大和くんと接していても、人を引きつけるような強烈なキャラクターや、芝居がかった言動は感じられなかった。何で、あんなことをしちゃったのか、本当に不可解」美咲は、首をかしげながら語った。
佐野教授は、深く考え込む。「この結果は、心理学の教科書には載っていません。大和くんの心の中には、まだ解明されていない謎があるようです」と熱っぽく語る。
テレビ画面では、飲食店チェーンの経営陣と顧問弁護士が、記者会見を行っていた。経営陣の一人がマイクを手にとり、「我々の店舗の信頼を大きく損なわせた、この問題。真摯に対応し、今後の方針を明確にするため、この会見を開いた次第です」と語り、その後にマイクを顧問弁護士に渡す。
弁護士は深呼吸をしてから、「少年と、その家族に対して、支払いの可否にかかわらず、十分な損害賠償を請求する方針であります」と発表した。
その直後、大和のスマホが振動する。着信画面を見ると、親友の「蓮」からのメッセージだった。「大和。大変だろうけど、ちょっと会って話したい。今、家の近くだから」
ほどなく、インターフォンが鳴る。大和が応対すると、蓮の心配そうな顔が映る。大和は玄関まで足を運び、ドアを開けると、蓮が待っていた。「大和、大変だよな……。何か、俺にできることは?」と声をかけてきた。
「蓮、ありがとう。お前が来てくれただけで、心が安らぐよ」大和は感謝の気持ちを込めて、蓮に微笑んだ。
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