第10話 書庫

 ディアスの屋敷の使用人たちは主人に似て、物静かで荒いところがどこにもない者たちだった。

 大公一家の従者たちの横暴を知っていたローザは、この家の使用人たちの静かさに不思議な思いがした。彼らは人質のローザの世話をすることにも、苛立ちや失礼を一切見せなかった。

 ただ彼らは言葉を話せないわけではなく、ふいにローザに助言をくれた。

「二階の奥に、書庫がございます。気が向かれましたら」

 ローザは簡単な読み書きしかできなかったが、ふいに様々なことを教えてくれる本というものに心惹かれることがあった。ローザは小さな興味とともに、使用人に導かれてそこに向かった。

 立ち入った二階の奥の部屋は、歴史が詰まったような分厚い本の数々で満ちていた。古い紙とインクの匂いが漂い、天窓から差し込む光がそれらを淡く照らしていた。

 ローザは天を仰ぐような気持ちで本たちを見て歩き、時にページをめくってその中にある世界をのぞいた。

 そこには難しい学術書もあったが、挿絵のついた易しい絵本もあった。おとぎ話に歴史、どちらも混じったものもあって、ローザを違う世界に誘うようだった。

「気に入ったか」

 ふとローザが顔を上げると、既に日が落ちる頃になっていた。書庫の入り口でディアスがローザに呼びかけて、彼女は少し弾んだ声で答える。

「こんなにたくさんの本を見たのは初めてです」

「それはよかった。部屋に持ち帰ってみてはどうだ?」

 そう勧められて、ローザは借りる本に悩んだ。どれも興味を引かれるが、読み書きのおぼつかない自分では読み通せるか自信がない。

「私に、読めるでしょうか」

 ローザが困ったようにディアスを見ると、彼は本を仰いで言った。

「私も全部を読んではいないよ。本はいつも寄り添ってくれるとも限らない」

 ディアスは距離を置いた言葉を告げてから、目を細めて付け加える。

「けれど少し遠くにいる友のように、ふいに助言をくれるときもある」

 ローザは彼の言葉にほほえんだ。彼の言葉に共感したからだった。

「……そうですね。少しわかります」

 ローザは彼にならって、親しみをもって本を選び始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る