4話 うまく言えないこの感覚
「水を差すみたいだけど、ひとりで気負わなくていいんじゃない?」
一太にとって腹を決めた台詞だったが、怜佳は他人任せでよしとしなかった。
「保険をつかえば何とかなる。みんなで口裏あわせておこう」
<ABP倉庫>の裏仕事にはノータッチだった怜佳だが、内情には多少なりとも通じていた。袖の下を入れている警部補を利用することに十二村はうなずいたが、一太は反対した。
「別に犠牲的精神を発揮するわけじゃない。人数が増えるだけボロが出やすくなるし、おれひとりのほうが話をつくりやすい」
「証言は人数の多いほうが信憑性がでる」
怜佳の反論に、
「あんたらの不利になるような証言は避ける。まったくなしにとは断言できないが、最大限配慮する。これまでのおれの行動で信じろというほうが無理だろうけど——」怜佳に目を合わせた。
「自分の家の会社を爆発炎上させてまで敵の目を
そして、自分で起こした火事とはいえ、怜佳はワークシャツの男を支えながら、大きな怪我もなく外に脱出してきた。
荒っぽい手段を使いつつ、備えも十分な繊細さ。目的のために敵の懐に潜り込み、機をつくりだして喉元に噛みついた。ディオゴの二の舞にはなりたくない。
「あたしは一太に任せるよ。
最初に意を汲んだのはアイスだった。
「ただし共犯が必要になったら、まずあたしを使って。一太ひとりで全部かぶらなくていい」
聡くて気遣いの人だ。こんなだから、ディオゴの隣では調整役を引き受けざるを得なくなったか。
「たださ、一太がそこまでやりたい訳は聞いておきたい」
一太は姿勢をなおした。土下座こそしないものの、創業者のひとりに懇願するように言った。
「佐藤アインスレーと麻生嶋ディオゴの組織をおれに潰させてほしい」
「アイスの前だけど……」
怜佳が言い淀みながらも続けた。
「わたしも感情的には<ABP倉庫>は潰れてほしいと思ってる。だけど、一太は本当にそれでいいの?<ABP倉庫>を一太の理想の組織につくりかえてやるのも、ディオゴと決別するひとつの方法だと思うよ」
一太にとってもABPに思い入れはある。だが、
「おれはもうディオゴに関係するものすべてを過去のものにしたいと思ってる。
販売ルートが潰れたダメージが回復しないうちにボスが死んだ。このうえ跡目争いが酷くなれば、自滅するのは目に見えてる。けど自分の区切りとするには、この手で終わりにしなきゃ駄目なんだ」
「もしかして……捕まる気でいる?」
「それも区切りのひとつだ」
「……わかった」
淡々と返すと、ようやく納得した様子になる。
「わたしは退場させてもらう。<オーシロ運送>でやらなきゃいけない……やりたいことがあるから」
パイプ爆弾はすでに起爆部分を解体していた。脱いだパーカーに隠して持っている。
「わたしも一太の判断で巻き込んでくれてかまわない。危険物を使った一連のことは、これからずっと忘れない。捕まっても恨んだりしない」
最終判断をあずけるつもりで一太は振りむいた。
「一太の好きにしたらいい。けど、あたしが気になるのは、表仕事担当の前科持ち」
アイスが上体を起こそうとする。整体師の助けを借りて座りなおしてから続けた。
「足を洗ったとはいえ、真っ当な仕事をまた新しく見つけるのは難しい。切羽詰まって逆戻りしないのかだけが……ね」
「それは、おれも考えたけど……」
<ABP倉庫>は一太ひとりのものではない。職を失う社員からみれば、今度は一太が憎しい存在になる。
「自分たちだけで解決できないなら、まわりに頼ればいいじゃない」
怜佳が軽い口調で投げてきた。
「<
一太とアイスが注目する。
「ちょ……そんな熱い眼差しをそろって向けられても困る。小さい運送屋だから誰でも何人でもOKってわけじゃない」
「けど、雇ってくれそうなとこに、さらに紹介はできる、とかは?」
「それもある。オーシロが欲しいのはトラック運転手、もしくは兼営業に兼事務、組み合わせ自由。弱小だから、できること何でもやってほしい。
低賃金職場の常套句、『家族的な職場環境』ぐらいしかアピールポイントないけど、そこに嘘はない。ほかを紹介するとしても、だいたいは似たような感じ」
一太はアイスと声をそろえた。
「十分じゃないかな」
「……あれ? 訊いてもいい?」
チョコミントアイス以外では口を挟まないようにしていたミオだが、どうしても訊きたかった。
「怜佳さんの会社、爆発火災でなくなったんじゃないの?」
「古い社屋が焼けたってだけって——あ、ごめん。言ってなかったね。建て替えの準備はすすめてる。全焼させた建物には火災保険から……これって詐欺になる?」
「燃やしたあとで、そんなこと言ってて大丈夫なの?」
怜佳が後見人であることに少しだけ不安をおぼえる。
「大雑把なことして会社つぶさないようにしなきゃね」
「わかったら撤収してくれ。お嬢さんもだ」
やっと出会えたチョコミント仲間と別れるのが惜しい。次の機会につながりそうな要望を残した。
「今度、お気に入りのアイスクリーム屋おしえてね、イチタさん」
そうしてアイスのそばで番犬みたいに座ったまま動こうとしない整体師を呼んだ。
「グウィン、行こう」
「あたしはアイスの——」
「大丈夫だから、行って。処置がすんで落ち着いたら、またリハビリお願いする」
アイスの言いようは、休ませる口実を並べているようだった。
グウィンが渋々といった感じで立ち上がる。怜佳に続いてランドリールームを出ると、ミオは訊いた。
「やっぱりアイスが心配? 治療さえ受けたら大丈夫なこと言ってても」
「うん、まあ怪我は大丈夫……」
そう言いつつもエレベーターに向かっている途中、何度か足を止めそうな素振りをみせた。
アイスの怪我を確かめたあとのグウィンは、大きく安堵したように見えた。
ただこれは最初のうちだけ。怜佳たちが話しているあいだ静かだったのは、会話に参加しなかったというより……
「何か気になることがあるの? アイスに言い忘れてることがあるとか」
「この感じをうまく説明できないんだけど……」
「さ、まずは乗って!」
怜佳がエレベーターのドアを押さえながら促した。
こんなときに限って早く来る。他の人も乗っている箱の中、グウィンが言いかけた続きを聞くことができなかった。
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