4話 ついに実戦

 アイスは、ミオとグウィンへの射線にはいって阻む。

 ディオゴに撃たせない。瞬きのない目と、ぶれのない銃口でディオゴを照準し、フリーズさせる。同時に、ボスに狙いをつけられた末武の動きも封じた。

 ディオゴが、もどかしくも腹立たしげな声をあげた。

「報酬でも子どもへの同情でもない。いったい何がおまえをそこまでやらせてるんだ⁉︎」

「わからないままでいるから離れる決心がついたってだけ」

「もっと、はっきり言え!」

 怜佳がアイスに加勢する。ディオゴにハンドガンで対峙して言った。

「そういうとこもだよ。いい大人が、逆らう相手の言葉をキレずに聞く耳も持てないの?」

「おまえにまで銃をむけられる筋合いはないぞ、怜佳。<オーシロ運送>のことなら逆恨みだ。おまえを救うためだったんだ」

「『贅沢させてやったのに何が不満なんだ?』とか言わないでよ」

「傾きかけた運送屋の暮らしがよかったっていうのか? 若い女をオイルまみれにして働かせていた親と一緒にいた方がいいなんて強がりじゃないか」

「エンジン整備は、わたしが自発的にやってた。弱小の運送屋だけど、真っ当なものを運んで堅実な利益をあげてた。

 わたしが欲しかったのは、贅沢な暮らしなんかじゃない。理工学をやっていたわたしを大学から引き剥がして将来を奪い、父がそだてた運送会社を汚して、死に至らしめかけた。その張本人が稼いだグレーでダークな金で贅沢して、楽しいと思える無神経じゃない! 外に女をつくりながら、わたしをまだ妻だという、おまえと一緒にしないで」

 ボスとその妻のあいだではじまった口論に、末武が困惑する。ミオたちを追うか、ディオゴをガードすべく残るか、視線を迷わせた。

 アイスには突破口をさがす猶予になった。ミオたちがそばにいないなら、強行手段もつかえる。ハンドガンを持ち出した怜佳は覚悟の上と解釈して——と、ここでまた怜佳のパーカーに目がとまった。

<オーシロ運送>で仕掛けた爆破火災、履修していた理工学……

 アイスは、ありえなくはない可能性に思い当たった。



 怜佳は、ディオゴの妻にされたわけを承知していた。

 表向きでの怜佳は、大学での学修をやめて麻生嶋ディオゴと添い遂げた女ということになっている。<ABP倉庫>を率いるボスの妻として体裁がいい。

 実家の<オーシロ運送>は、ディオゴの仕事に利用できるし、怜佳も家業の手伝いをしていたから、倉庫業をまわすサポート役がこなせる。

 トロフィーワイフというほど自分の見てくれがいいのかは疑問だが、体裁と実益を兼ねているのは確かだった。

「外に女をつくりながら、わたしをまだ妻だという、おまえと一緒にしないで」

「女と違って、男は身体の処理をしなきゃいけないんだ。わかるだろ?」

 常套句な言い訳に、怜佳もストレートに返すことにした。

「下手くそだったもんね。自分の右手だけじゃイケないから、シテくれる相手が必要なんだ」

「根も葉もないことを言うのはやめろ」

「言いたいのは『不倫を許せ』? どうぞご自由に。心を許していない相手が何をしていようが心底どうでもいい。わたしは麻生嶋怜佳じゃなく、ずっと大代おおしろ怜佳のままだったから」

 言っているうちに、怜佳は自分の表情が硬くなっているのがわかった。吐き出している言葉とは別のことが頭に浮かぶ。

 こんな男を終わらせるために、人生を代償に差し出すのか……。

 アイスにはその覚悟があるように言ったものの、ディオゴと言葉を交わすうちに、わからなくなってきた。

「そうか、子どもか? 子どもができないから、おれのこともどうでもよくなったんだな」

 ため息も出ない。女なら誰しも子どもが欲しいわけではない。

「人の尊厳に無頓着でも、避妊薬ぐらい知ってるでしょ。できなかったんじゃない」

「意図してやったのか……?」

「子どもはきらいでも好きでもない。はっきりしてるのは<オーシロ運送>っていう質をとられて、ベッドに応じていただけ。そんな相手の子どもを愛せる自信がない。だから、できないようにしてた」

 こうなった結果としても良かったと思う。少なくとも捕まって養育できなくなるようなことは未然にふせげた。

 怜佳の声に、わずかな震えがまじった。震えるのは怯えからではない。

「わたしの人生を奪った男に報復できる日を思って耐え続けてきた。やっとかなう」

 うかんだ迷いは気づかなかったことにして、怜佳はハンドガンを構えなおす。



 無理だ。

 安定を欠く怜佳の銃口に、アイスは当たらないと思った。手を貸すべきか迷う。

 報復が怜佳の悲願なら、相手がディオゴでも邪魔する気はなかった。しかし、銃口がぶれているのは、重さのせいだけではないと推測する。

 アイス自身にも迷いがあった。

 怜佳に一線を越えさせていいものか……。

 アイスはまだ子どものうちから、犯罪を生きるための手段にしてきた。暴力への精神的ハードルは低い。そんな自分の感覚で判断していいものか。

 ディオゴが暴力をにおわせる言葉を出すだけでも眉をひそめていた怜佳だ。

 銃を手にしている怜佳の望みは——

「あなたが手を汚すことはない」

 怜佳をとめたのは、ディオゴの妻を疎んじていてもおかしくない人間だった。

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