8話 追いかける背中

 アイスの居場所をあと一歩のところまで突き止めた。

 しかし、そのあとが足踏み状態となっていた。



 一太は、ディオゴの命令に逆らって<オーシロ運送>に出向いた。

 すでにアイスが屋内に入っていたが、協調する気はない。ただ一太と直近の部下が入るまえに、一時雇いの外部の人間を先遣にした。

 怜佳の居場所が簡単につかめたことが、きな臭かった。

 生家という、その人間を探すなら真っ先に候補にあがる場所に長居するには、何か理由があるはずだ。

 そうして予見した通り、爆発火災が起きた。

 怜佳の経歴を思い出す。理学部か理工学部だったかの大学に在籍していた。爆発物をつくった経験はなくても、扱うための基礎知識はもっている。怜佳が仕掛けた可能性を一太は考えた。

 ミオを連れて出てきたアイスの行動確認は浅野にまかせる。人任せにしたくない未練があったが、怜佳の生死をまず確かめたかった。怜佳の動向によって、このあとの対応が変わってくる。

 果たして、裏口のほうからファイヤーブランケット消化布をまとった人間が転がり出てきた。

 ひとりは怜佳だ。そこからの尾行は簡単だった。とんでもないことをやってみせたとはいえ、怜佳は一般人であるし、危地から脱した安堵で気が緩んでいた。

<美園マンション>に入られたときも、普通ならエレベーター移動で見失ってしまう。しかし、一太にとって幸運だったのは、怜佳が美園に不慣れだったことだった。

 総合案内所を利用した怜佳に続いて、カウンターに近づいた一太は、旅行会社スタッフを名乗った。バックパッカーらしき男の大容量リュックのサイドポケットから、かすめとったばかりの茶封筒を掲げてみせる。

「先ほどの女性がチケットを忘れたまま行ってしまって」

 一太のスーツ姿に身分証の提示を求めることもない。次々にくる利用者をひとりでさばいていた案内係が早口で応えた。

「<ゲストハウス・ファースト>。階数はエレベーター横の案内板で確認できます。次の方!」

 美園に入るまえ、出入り口を監視する浅野を見かけている。

 アイスも美園に入ったか——。

 十一階建て、延べ床面積は約六万六〇〇〇平米の建物は、人探しをするには巨大で、隠れ処に利用するにはうってつけの場所になる。

 それに<オーシロ運送>から出てきたときのアイスは怪我をしていたから、地階診療所にいった足で、そのまま美園に潜伏もありえた。

 一太は無駄足になることを予感しながらも、アイスの影を探し出そうと美園のフロアを歩き回った。アイスがよく利用するというゲストハウスフロアを見てみたかったこともあった。

 ここでの結果は予測どおりになってほしくなかった。

 尻尾すら見えなかった。無為に時間をすごす余裕はなく、撤収するしかない。

 いったん一太は<ABP倉庫>に戻った。一般業務の社員がいなくなった夜の事務所で、事態が進展するまで正業のほうをこなしておく。そのつもりだったのに、貨物業者の調整よりも、探しきれなかったアイスのことばかり考えていた。

 何を見落としてたのか……

 もっと探しようがあったのではないか……。

 監視に残っていた浅野たちも、ひとりで出てきた高須賀未央を公園で追い詰めながらカウンターを食らっていた。正業など放っておいて、自分も残るべきだったか——。

 考え込むうちに浅野が駆け込んできた。

「動きがありました。確認と指示を」

 公園から引き上げてきた浅野には、ディオゴのオフィスの電話盗聴に加わらせていた。広げていたファイルを鍵付きの引き出しに放り込み、慌ただしく立ち上がる。

「十二村を連れてこい」

「あの人は外した方がよくありませんか?」

「援護させるためじゃない」

 尋問する気だった。

 十二村も創立時からのメンバーで、アイスやディオゴとは古い付き合いになる。ずっとディオゴの直属で働いていたが、いまはボスの指示で一太の部下になっていた。

 はっきりいって、できる部下ではない。常に人から距離をとり、一人仕事が多い十二村は、チームプレーには不向きで、扱いが限定された。

 口さがないやつは陰でお荷物を押し付けられたと言っているが、一太はそうではないと思っている。おそらく、ディオゴが仕向けたお目付け役だ。

 一太が境遇を恨んで手向かってくると恐れているのか、後継としての能力を密かに測ろうとしているのか。そういったことは考えなかった。お目付け役をつけられる程度には気にかけられているのだと思うだけだ。

 むしろ、一太のほうが十二村を観察しているといってよかった。十二村が、アイスにだけは気を許しているような気配があったからだ。

 笑みで本音をみせないアイスに、なにか通じるものがあるのか。

 だとしたら公園で一時的に姿をくらましたのは、アイスにコンタクトをとっていたのではないか。

<ABP倉庫>を離れて動きだしたアイスの拠点を十二村ならピンポイントで知っているのではないか——。

「十二村を4番ガレージに連れていく」

「4番ですか?」

 浅野が念押しするように指示を繰り返した。

 4番ガレージは車庫以外にも用途があるスペースだ。収納棚には車用品やタイヤにまぎれて尋問用の道具がおかれ、排気ガスやオイルを換気するための換気扇が、尋問者の不快度をさげる働きもする。

「古参だからと二の足を踏んでいるあいだに獲物が逃げる。時間がない。急ぐぞ」

 指示をたたみかけると浅野に薄い笑みが浮かんだ。

「十二村まで背く気配があれば、このまま……ですね」

 一太は「処分する」とは返さない。私情を入れて期待する浅野が不快だった。



 4番ガレージにいる時間は一〇分にも満たなかったかった。

 尋問前のボディチェックで、十二村のジャケットから出てきたポケットティッシュが答えだった。

 尋問に加わっていた全員を連れて、一太は4番ガレージから飛び出した。

「十二村を放っておくんですか⁉︎」

 応えている時間も惜しい。面倒だったが、連携を崩さないために走りながら答えた。

「居場所をつかむ情報を隠してたんだ。ベテランらしく、自分の身は自分で処分するさ。高須賀未央の対処より先にくる案件はない」

 車の用意をさせ、浅野だけ連れて備品室へとむかう。

 アイスが潜んでいたのは、やはり<ゲストハウス・ファースト>。怜佳と同じフロアにいた。

 美園のフロアを一太が探っていたとき、それらしき部屋を見つけていた。

 怜佳が訪れた部屋だ。閉じられる前のドアの隙間から、クラシック音楽が聞こえてきた。ドアの外で耳を澄ませたが、かすかに聞こえるのは音楽ばかりで確信がもてない。

 このとき、そのまま離れた。

 音楽の趣味はともかく、アイスなら怜佳を部屋に呼ぶような不用心はしない。それに、怜佳の協力者はアイス一人とは限らない。そう判断した。

 間違っていた。

 あの部屋だったのか——。

 アイスの趣味まで知っているわけではない。アイスが不用意な接触を避けていても、一般人アマチュアの怜佳が不意に近づいてしまう可能性だってあったのだ。怜佳が訪れた部屋を確かめるべきだった。

 切り込みが足りなかった点を一通りさらうと、一太は頭を切りかえる。

 人員は尋問メンバーだけでいくことにする。<美園マンション>の空間スペースを考えると少人数が妥当だった。大人数でいっても狭い内部では数を活かせない。

 サブリーダーになる浅野を連れてオフィスに入った。

 アイスのことを老骨と揶揄したが、年齢でみくびる愚行はおかさない。落ちていく体力に反比例して深めた奸智で生き延びている。銃の保管ケースをあけた。

「使っていいんですか?」

 浅野がはずんだ声を出したが、銃は実用性とともにリスクもついてくる。発砲事件となれば、多忙な警察も揉み合いですませてはくれない。

「保険だ。ただし必要な場面と判断したら躊躇しなくていい。後始末はおれがどうにかする」

 見失っていたアイスの後ろ姿をやっと見つけた。退路と引き換えにしてでも、一太は目的の完遂をめざす。

 その見ているものが、無意識のうちにずれてきていた。

 父親たるディオゴではなく——

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