6話 表紙のその下

 ミオは、タクシーが拾える幹線道路にむかって先立って歩く。その途中、アイスとグウィンに顔だけ振りむけながら訊いた。

「わたしがあの公園にいるって、どうやってわかったの?」

 夜のビジネス街に人通りはほとんどない。それでもアイスは視線を周囲に走らせながら答えた。

「ミオのお母さん……彩乃さんだったよね? 彩乃さんがバラ園が見える一等地でオフィスもってたとか言ってたでしょ。

 市内で該当するのは二ヶ所。そののうち、あたしは北区の方を探しにいってた。見通しがいいし、多少の夜目がきくあたしがいけば、確かめるのに時間がかからない。で、いなかったから、グウィンにいってもらった西区のこっちに引き返してきた」

「アイスは来てくれないと思ってた……」

「半分あたってる」

 そうなってもしょうがないと思っていたとはいえ、どきりとする。

「放っておこうとも思った。護衛はお守りってことじゃないから」

「同情で来てくれたの?」

 アイスに憐れまれたのかと少し複雑な気分になったが、

「同情……とは少し違うな。あんまり話したくない」

 本音で話してくれると、どんな答えでも安心できた。

 何も話してくれないまま逝ってしまった彩乃のことがある。嘘でとりつくろわれるより、ずっとよかった。

「はっきりしてるのは、あたしを動かしたのはグウィンだってこと。礼ならグウィンに言って」

「もう言ってもらった。お腹いっぱいだから、これ以上いらない」

 ミオはふと思い返す。グウィンに危険を冒させてまでと思ったのは、一般人だからというだけではなかった。

「わたし、グウィンに勝手なイメージつくってたみたい」

「もっと大人しいとか?」とグウィン。

「謙虚、優しい、たおやか、だよ」

「言いにくいけどアイスが近い。視力に問題があるから弱くて控えめっていう思い込み」

 グウィンが笑う。

「本の表紙を見ただけじゃ内容までわかんないってやつだね。でも強いってわけでもない。大人しくもないけど」

「もしかして白杖を護身兼用にしたのって、アイスの提案とか?」

「思いつきを口にしただけだったんだけど、グウィンが本気になった」

「わたしみたいな先入観、アイスはなかったんだ」 

「そんなたいそうなもんじゃない。グウィンの国にダブルスティックを使う武術があるのを思い出して、運動がてらな感じで言ってみただけ。そしたら、あっという間に使いこなすようになっちゃってて。元からセンスがあるんだよ」

 少しぐらい重くてもスチール製の白杖を使っていたのは、うっかり者に蹴とばされる用心だけではなかった。

 見た目のイメージで見ていたのは、アイスに対してもだった。銃やナイフといった武器を使わずに押さえてしまうから、意外性がさらに増す。

「スーツの人を倒したときは、何を持ってたの?」

「これのこと?」

 ポケットに挿していたものをとって見せられた。

「ボールペンだけど?」

<ゲストハウス・ファースト>のネーム入りボールペンだった。金属素材ではない、粗品でよくある安くて軽いプラスチック素材。

「え、それ⁉︎」

 部屋の備品を勝手に持ち出していいのか? という問いはおいておいて。ミオは思い出す。相手の顎の下、見えにくい位置に押し当てていた。

「そっか。ペンを使って武器があるように騙したんだ」

「それもありだね」

 それ? よくわからない答えだった。

「ミオは武器とか持たなくていいけど、あとでセルフディフェンスのレクチャーさせて。相手につかまらないようにしたり、つかまっても逃げ出したりっていったコツを覚えといてほしい」

「守られているだけじゃ駄目ってことなんだ」

「守りきれないかもって弱音を聞いといてもらえたら嬉しいよ」



 ボールペン本来の用途以外の使い方なんて知らなくていい。アイスは別の話題にすりかえて会話をおわらせた。

 ミオが<美園マンション>を飛び出した理由を訊こうとは思わなかった。

 はるか遠くになった十代の頃を思い出すと、我ながら何を考えてたんだと思うような、理屈にあわない行動だってあった。

 力も経験もない子ども時代は、できることがあまりに少ない。もどかしくて苛々し、八つ当たりに出ることもある。理屈でなく感情で走ってしまうことが、ミオにあってもおかしくはなかった。

 美園を出た先のことにしてもそうだ。

 ミオがこのバラ園にいたのは、無意識にでも見つけて欲しい気持ちがあったのかもしれない。

 大事な思い出の場所であるのは違いない。しかし本気で姿をくらますのなら、怜佳が口にした場所ではない、他の場所を選んだはずだ。本気で守る気があるのか、アイスを試す機会にもなる。

「タクシー見つけてくれる?」

「わかった」

 幹線道路まできたアイスは、ミオにタクシー探しを頼んだ。

「痛みが強いのは左足と脇腹、どっちのほう?」

 ミオが離れたタイミングで、グウィンが小声で訊いてきた。

「そんなに酷い?」

「この騒音の中で気づくほど歩調がおかしい」

「うん。両方とも結構痛い」

 動き回って鎮痛剤では抑えきれなくなっていた。気を抜くと痛みで顔をしかめそうになる。

 アイスよりひとまわり以上若いグウィンの体力は回復したようだ。実戦から離れてずいぶん経つはずだが、基礎体力は健在だった。

 ミオのたくましさも、なかなかのものといえた。

 グウィンの過去の顔をかいま見たはずだが、動じたところがないようにみえる。興味本位で訊いてくることもない。

 取り乱すことのない肚のすわり具合は頼もしくあるが、これから起きるだろうトラブルに楽観してはいられなかった。

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