7話 過去の頸木《くびき》

 グウィンに案内された店は、アパレルショップというより衣類問屋と呼ぶ方がふさわしかった。

 ワゴンに山盛りにされ、壁にも低い天井からも、びっしり吊り下がっている商品に、服の海にダイブしている気分になる。

「ここから探し出すの……?」

 ミオはなかば呆然とした。楽しいはずの服選びが、目当ての服を掘りあてる肉体労働になりそうだった。

「店の人に手伝ってもらう?」

「ぜひ」

 呼ばれてきた二十代にみえる店員は、ミオの全身を見てから次々に取ってきた。ワゴンの服の山の傾斜にならべてみせる。

 ゼブラ柄のジャケット、アニマルプリントのTシャツにカラフルなパンツ……

「ほかの人とかぶらへんのが大事なんですよ! 個性とインパクトで攻めな!」

 誰に向けて攻めろというのか、やたら派手なデザインをぐいぐい勧めてくる。

 ミオは負けなかった。ここでひるんだら、ホワイトタイガーの顔が大きくプリントされた、ド迫力Tシャツを着るはめになる。

「アースカラーもしくはナチュラルカラーで。あと、動きやすいデザインでお願いします!」

「そんなんで、ええんですか?」

「そんなんが、いいんです!」

 要求をはっきり伝えると、仕事は早かった。無尽蔵にみえた在庫の中から、サイズまでぴったりのものを出してきてくれた。

 とはいえ、店員もあきらめたわけではなかった。

「おとなしい服着はるんやったら、小物でアクセントつけてみません?」

 すかさずラメやスパンコールが入ったポーチやストールを繰り出してくるあたり、実に商魂たくましい。



 上下二組だけ買って、ミオはグウィンとともに店を出た。

 アイスから預かったお金は結構な額が残っていて、ほっとする。

 このお金は、怜佳から受けとった報酬のなかから出ている。本来受け取るべきの人のところにとどまらず、自分のために使われているのかと思うと、すっきりしない心持ちになる。おやつに使うより返したかった。

 照明が頼りない廊下を歩きながら、服代をわたすときのアイスの表情を振り返ってみる。

 笑みが大きくなったのは、本心からだったのか、受けとらせようとして笑みを大きくしたのか、どちらだったのか。

「アイスっていつも笑ってるよね。最初はお気楽だって思ってたんだけど、爆発火災のときまで笑んでると、なんだか……」ミオは言葉を探した。

「その……大丈夫かなって。おかしいっていうんじゃなくて、危うい? みたいな」

「ひとづてで聞いたんだけど、アイスが言うには、逃げられないなら楽しんでしまうほうが良い手クールハンドなんだって。

 でもあたしには、笑ってる空気が感じられない。笑ってるように見えてるんだとしたら、ストレスを減らそうと 自分を守ってるだけなんじゃないかな」

 グウィンの横顔は歩く先よりもっと奥の、ずっと遠くを見ているようだった。

「笑って他人事みたいにとらえる。そうやってヒトや事象から距離をとって、冷静に観察して、本質的能力を発揮できるようにする。最初はそうやってたのが、変わってきたんじゃないかっていうのが、あたしの勝手な憶測」

「いまの仕事、平気にみえたけど、ほんとはつらいのかな……」

「こればっかりは本人に訊かないとね。アイスとの付き合いは一〇年ぐらいになるけど、知ってることなんて、たかが知れてる。

 けど、知らないまんまでもいいとも思ってる。全部を理解しようなんておこがましいし、あたしに悪いことしないはずっていう期待があるから。アイスの仕事のことは——」

 グウィンの話は唐突に中断される。



 ガラスが割れたような鋭い破裂音がおこった。

 鋭く響いた音に、ミオは肩を跳ね上げて固まった。

 まわりにいた人たちも似たような反応をみせた。音が続かないとわかると、原因を探して、あちこち首を巡らした。

 そうだ、グウィンは⁉︎ 

 はっとして振り返った隣、グウィンは床に這うように体勢を低くしていた。うかがえる横顔は強張り、じっとしている。

「グウィン……?」

「すまない! ウチの電球が原因だ、なんでもないから落ち着いてくれ!」

 すぐに音の発生源から声が上がった。集まってきた人たちが、カレー屋のなかを覗き込んでいる。どうも店内に吊るしていた白熱電球が割れたらしかった。

 ほっとして身体の力が抜けた。ひざまずいてグウィンの肩に手をおく。

「大丈夫だよ。電球が壊れただけみたい……グウィン⁉︎」

 様子がおかしい。

 ミオは姿勢をさらに低くした。伏せたままでいるグウィンの顔をのぞきこんだ。

 呼吸が荒い。血の気をうしなって蒼白になった顔が汗で濡れていた。

「具合わるいの⁉︎ わたし、ど、どうしたらいい?」

 慌てるミオのそばに初老の女性がきた。

「バウティスタさん、うちの店で休んでいきなさい」

 そうしてミオに、

「お嬢さんはそっち側から支えてくれる? ふたりで——」

「……いい、ありがとう」

 慌てるようにグウィンが上体を起こした。

「落ち着いてきたから、大丈夫」

 よろめきながら立ち上がった。

「ごめんね。耳が敏感だから、大きな音には過剰に反応しちゃうんだ。イダさんも、商売のじゃましてごめん」

 問題ないアピールも、胸元をおさえながらでは説得力がない。それでも、

「食事を仕入れてアイスの部屋に戻ろう。そのほうが、あたしも落ち着けるから」

 そそくさとイダに会釈し、振り切るように歩き出した。

 あとを追おうとしたところで、イダに引きとめられた。

「本人が言うならしょうがないけど、お嬢さんからも一度診てもらうように言ってあげて。さっきみたいこと、前にもあったから」

「初めてじゃない……?」

 気になることを言われたが、グウィンはどんどん足を進めている。イダに慌ただしく礼を言い、ミオはあとを追った。

「ねえ、グウィンは以前にも——」

「電球の破裂は時々あるんだよ。電力が不安定だからそれでショートしたり、間違ったW数をうっかりつけてたりで。あ、そうだ。電球だけじゃなくて配管の下もなるべく歩かない方がいいよ。交換が追いつかないから……」

 追いついた途端、体調不良の原因から気を逸らさせるように、過去のハプニングをあれこれ話しはじめる。

 電球事故よりグウィンの不調のほうが重大なのに、訊ねさせてくれなかった。

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