第190話 VSウェルター級ガンホ3


 「お前、なんだかんだ冷静だったな」


 「試合直前に力みが抜けた感があったからね」


 第1Rが終了した。とにかく序盤から飛ばしていく作戦だったけど、最終的には相手のことを冷静に観察できたラウンドだった。


 肘やらクリンチからの反則にも練習通り、しっかり反応出来たし、まあ悪くない立ち上がりと言っても良いだろう。


 欲を言えば、もう少し殴りたかった。

 でも残念ながら、俺が四発目のボディをお見舞いした時点で、ガンホ選手が亀のようにガードを固めて閉じ籠っちゃったせいで、その後に有効なダメージを与える事が出来なかった。


 「次のラウンドからどう出てくるかな」


 「流石にここからずっとガードを固めてくるって事はないだろうが…」


 「そんなの、ガンホ選手がしたくても観客が許さないでしょ」


 今日の会場はガンホ選手のファンがほとんどだ。ボクシング界では韓国から出た久々の世界チャンピオンだし、カリスマ的人気もある。


 そんなガンホ選手が、ひたすら亀になるのは観客達が許さない。俺の個人的な偏見だけど、韓国の人って他国…日本を貶めるのに全力を出してるけど、自国の選手が面白くない試合をしたりしてると、それはそれでぼっこぼこに非難するってイメージがある。


 そんなのをプライドがエベレストぐらいありそうなガンホ選手が耐えられるだろうか。


 絶対に無理だね。必ずどこかで勝負を仕掛けてくる。もしかしたら一発逆転の反則技なんてのも隠してるかもしれない。


 「俺はガンホ選手の変化を見逃さないようにして、それまでは嬲り殺しにさせてもらうよ」


 「それは構わんが、今日は絶対判定まで持っていくなよ? どれだけ試合を有利に運ぼうが、判定になるとどう転ぶか分からん」


 「がってん」


 試合が始まる前からそれは言われていた。KOを狙うと、変に力んだりするから、普段はそういう事は言われないんだけど、今日の試合だけはKO決着にしろと何度も何度も。


 そんな事を言われても、俺はなんだかんだ毎試合KO勝利を狙ってるんだけどね。これまでの試合も全部そうだし、どうせならこの記録は続けれるだけ続けたいと思ってる。


 そんな事を思いながら、水を口に含んでペッってして、マウスピースを装着し、第2Rに向かった。




 『ボディー!! 皇選手、徹底的にボディ狙い! まずはガンホ選手のスタミナを削ろうという作戦か!? 執拗にボディにパンチを集めています! ガンホ選手もガードを固めるが、僅かな隙間からパンチが入ってしまっている!!』


 第2Rが始まった。


 亀スタイルのガンホ選手のガードの上からジャブを打ちつつ、少しガードが崩れると、ボディを叩き込む。


 ボディにパンチを集中させると、顔がガラ空きに。そこをこれみよがしにパンチするぞーとフェイントを出して、更にボディ。


 ガンホ選手は顔面へのパンチがフェイントだと思っても対応せざるを得ない。フェイントじゃなかったら、致命打になりかねないからね。


 これはボクシングの基本中の基本とも言える作戦だ。上か下、どちらかにパンチを集中させて、相手の意識を分散させる。


 こんな基本とも言える簡単な崩しでも、ガンホ選手は対応出来ない。まあ、俺のパンチの威力が高いってのもあるだろうが、なまじポテンシャルが高いガンホ選手は、その持ち前のセンスと反則で成り上がってきた。


 もっとまともに練習してたら、反則なんて使わなくても上を目指せただろうに。本当にもったいない。


 この試合を通じて、俺がボクシングというものを教えてやる。


 まあ、試合が終わる頃にはボクシングなんてやりたくなくなってるだろうけどね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る