第166話 海外


 「あーくそ。腹減ったなぁ」


 時は過ぎ、試合の日が近付いてきた。減量はすこぶる順調で、ライト級の時ほどキツくはないけど、それでもお腹は減る。


 最近、食欲が増えてきたなぁって思ってきたから余計に。


 黒木さんと赤城さんも同じ日にタイトル防衛戦をやるから、減量を始めてるけど、俺と同様に元気がない。


 「でも、合宿の効果は実感出来てきたな」


 最近、ようやく高地トレーニング合宿での効果が分かってきた。なんて言うか、全力で動ける時間が増えたって感じかな。


 一呼吸で取り込める酸素の量が増えたから云々と、説明されたけど、あんまり理解は出来なかった。まあ、効果があるんなら良しですよ、本当に。


 最後の方はトレーニングに呼吸制限とか取り入れたりして、本当にキツかったんだから。これで特に変化なしなら心が折れてた。


 サンドバッグをペシペシと叩きながら、パンチの軌道をしっかり確認する。俺はペシペシと殴ってるつもりだけど、サンドバッグからは人を殺せるんじゃないかってぐらいの鈍い音。段々出力が上がってきてるんだよねぇ。


 本当にこれでも軌道確認の為にしてるパンチだかは、ある程度力は抜いてるんだけど。


 格が違いすぎる相手と試合したら、本当に殺してしまうんじゃないかって心配になるね。まあ、それでも手加減なんてするつもりはないけどさ。


 「おーい、けんせー。そろそろ頼むわー」


 「はいはーい」


 自分の練習の合間に黒木さんと、赤城さんのスパーリングパートナーを務める。対戦相手を模倣して、しっかりと対策を練ってもらう為だ。


 「半歩踏み込みが遅いっす。相手は詰め寄られたら、右フックを打ってくる癖が分かってるんすから。そこを狙わない手はないっすよ」


 「すまん。もう一度頼む」


 「了解っす」


 まあ、こんな感じで生意気にアドバイスしつつ。二人は順調に仕上がってる。


 問題は俺だ。俺のスパーリング相手が見つからない。一応映像を見たりして、イメージトレーニングは出来てるけど、やっぱりイメージじゃなくて、面と向かっての練習もしたい。


 言い方が悪いけど、日本の中量級から重量級に俺の相手が出来る人が居ないんだよね。ウェルター級以上のボクサーが居ないって訳じゃない。


 一応スパーリングしてくれませんかってお願いしてるけど、相手ジムに悉く断られてる状況だ。うちの選手を壊す訳にはいかないって。


 日本人は基本的にサイズが小さめだから、仕方ないんだけどさ。


 こういう事があるから、次から試合前は海外に行く事も考えている。最終調整には日本に戻ってくるけど、海外ならスパーリング相手も豊富だしね。


 ってか、なんならそろそろ海外で試合もしてみたい。今までホームの日本でずっと試合をしてたけど、そろそろアウェイの雰囲気も味わってみたいし、中量級や重量級は海外の方が人気だ。


 今は日本に俺が居るから、日本でも注目を集め始めてるけどね。


 まあ、海外でやるのは生半可な覚悟じゃダメだぞって、父さんに忠告されている。日本ならあんまり考えなくても良いけど、食べ物なんかにも、気を付けないと、平気で何かを混ぜてこようとする奴もいるらしいし。


 でも、そろそろ経験しておくべきだとおもうんだよなぁ。

 

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