第156話 合同合宿


 「あっつ。六月なのにこの暑さ。世界はどうなってんだ」


 六月に入ったばっかりだと言うのに、ジムに向かうだけで汗が止まらない。こんなんなら車で来れば良かった。


 結局練習で汗をかくんだけど、こう、移動中の汗って、なんか不快なんだよね。練習でかいた汗は爽快感みたいなのがあるんだけど。


 「試合も決まったしなぁ」


 交渉が難航していたけど、次の試合が決まった。メキシコ人チャンピオンのホセ選手。ガンホ選手はやはりダメだった。


 これはもう残りの団体も制覇して逃げ場を無くすしかないと思ってる。次の試合で勝ったら、リング上で挑発して挑戦状も叩き付ける予定だ。


 俺から行動に出るのは、なんか負けた気がして嫌だったんだけどね。流石にこうも逃げ回られると、そんなのどうでも良くなってきちゃう。


 まあ、次の試合で勝てればの話ではあるけどね。でもなぁ…。


 「ガルバチョフ選手と似た様な感じのボクサーなんだよな」


 典型的なハードパンチャー。とにかく近付いてきてパンチを振り回してくる。向こうが何も対策してこないなら、前回同様にジャブで突き刺して終了になるんだが。


 向こうもそれが分かってるからか、マッチング交渉が難航してたんだよね。馬鹿みたいなファイトマネーを要求してきたりしてさ。まあ、白鳥さんが頑張ってくれたんだけど。


 「おはざーす」


 「おっ、来たな」


 俺がジムに入ると、会長が待ってましたとばかりに俺を会長室に連行して行った。


 「で、なんですか?」


 「合宿しよう思てな」


 「合宿?」


 合宿なら毎年家族旅行ついでに、奄美大島でやってるんだけど。それとは別って事かな?


 「今度の九月の試合、ボンの前座に黒木と赤城の防衛戦も入れる事になってな。ここらで三人いっぺんに鍛えようかと思て」


 「はぁ」


 なるほど。合同合宿って訳か。なんか楽しそう。一体どこでやるんだろ。


 「ボンは高地トレーニングって知っとるか?」


 「あ、俺参加辞退で」


 「なんでや」


 「父さんから聞いた事がありますよ。現役時代の高地トレーニングは地獄だったって」


 楽しそうだなって、一瞬でも思った俺が馬鹿だった。父さんが二度とやりたくないって言ってたもん。


 俺も最初は高い場所でトレーニングするだけでしょって思ってたんだけどね。なんか調べてみると、結構ヤバそうだったんだよね。


 とにかく慣れるまでがキツいらしい。父さんの顔が本当に嫌そうだったから、相当なんだろうなって、当時は思ったもんだ。


 「まあ、拒否権はないんやけど」


 「えぇー。マジで嫌だな…」


 「最近の練習もマンネリ化してきたとこやったし、丁度ええやろ。ここらで気分を変えようや」


 「気分転換にならないっすよ」


 そういうのって、楽しい事をしてリフレッシュするのが普通なんじゃないの? なんで一旦地獄に落ちて、気分を変えようとするのか。日常のありがたみを知れって事ですかねぇ。


 まあ、拒否権がないなら行くしかないんだけどさ。実は行ったら大した事ありませんでしたってパターンなら良いなぁ。


 練習するのが嫌って訳じゃないし、むしろ好きなんだけどさ。あの父さんが嫌がった場所ってのがなぁ。


 もう嫌な予感しかしないよね。

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