第154話 天然と人工


 「やっぱり天然物の筋肉は良いね…」


 「は、はぁ」


 美咲さんはうっとりとしつつも、マジマジと俺の脱いだ上半身を見る。普通に恥ずかしい。でも、なんかこれ以上見られ続けると新しい扉を開いてしまうかもしれない。


 一応触らないだけの自制心は残ってるみたいだけど、触られると俺も辛抱たまらなくなってしまう可能性があるから助かる。


 「私は幼少期にね、筋肉に目覚めたんだけど」


 「筋肉に目覚めた」


 パワーワードが過ぎる。筋肉に目覚めたって。美人が言う言葉じゃないだろ。いや、別に筋肉を馬鹿にしてる訳じゃないけどさ。なんか違和感が凄い。


 なんでも、美咲さんが筋肉に目覚めた原因は父親にあるらしい。父親は消防士ってのは龍騎から聞いていた。小さい頃に一緒にお風呂に入った時に、父親の逞しい筋肉に惚れたそうな。


 これが5.6歳の頃だってんだから、中々に業が深い。まあ、俺も小さい頃に父さんの試合を見てボクシング憧れたから、人の事はあんまり言えないんだけど。


 それから美咲さんは筋肉に傾倒した。ハマりにハマりまくって、そっち系の研究者になるぐらいには。


 「筋肉には私の中で天然物と人工物に分けられていてね」


 美咲さんは自分の筋肉フェチについて語り出す。もう止まらない。マシンガントークだ。俺はただただ戸惑うばかり。


 天然物の筋肉。

 これは普通に筋トレとかはせずに、運動や日々の生活だけで自然に付いていく筋肉の事らしい。


 人工物の筋肉。

 これはボディビルダーとか、フィジークとか。ゴリゴリに筋トレしまくってる筋肉の事らしい。


 あくまでも自論で、美咲さんがそういう風に分けてるだけだけど。


 で、最初はどんな筋肉でもこよなく愛してたらしい。特にアメリカでの留学中はジムのトレーナーなんかをしたりして、最高に楽しんでたそうだ。


 しかし、ある時。

 なにも手を付けてない天然物の筋肉が至高という結論に至ったそうだ。どうしてそうなったかは知らん。説明してくれてるけど、理解出来ない。まあ、とにかく天然物の筋肉が良いって事になったんだ。


 「いや、確かに俺は筋トレは滅多にしませんけど…。でも懸垂はしてますよ」


 「それぐらいは許容範囲さ」


 「はぁ…」


 分からん。天然物と人工物の見分けが分からん。全然分からん。


 「む? むむむ?」


 「どうかしました?」


 俺がもう服を着たいなーなんて思ってると、美咲さんが俺の筋肉のある一点を見つめて眉を顰める。


 「拳聖君。ちょっと手を広げてくれないかい?」


 「はい」


 俺は手を横に広げる。美咲さんは、俺の周りをぐるぐる回りながら唸ってる。何かあったんだろうか?


 「微妙に筋肉が偏ってるね? 拳聖君は左利きなのかい?」


 「いえ。どちらかと言うと右利きだと思います。両方使えますけど」


 「む? そうなのかい? 左利きの人特有の偏り方をしてるんだけどな。これは今から矯正した方が良いよ。普通に生活する分には何も問題ないけど、スポーツしてる選手は違和感を感じるかもしれない。今はまだ大丈夫だけど、君はまだ階級を上げるつもりなんだろう?」


 「ええ」


 「なら、矯正は必須だね。このまま体が大きくなってくると、違和感も更に大きくなってしまうかもしれないよ」


 「なるほど?」


 なんでその左利き特有の人の偏り方をしてるんだろうな? 今世の俺は特典のおかげで両利きっぽいんだけど、前世の記憶から無意識に右を使ってる事が多いはずなんだけど。


 「二人とも何してんの?」


 「おや? もう帰ってきたのかい。おかえり」


 「あ、龍騎」


 美咲さんとあーでもないこーでもないと話してたら、いつの間にか結構時間が経ってたらしく、龍騎が帰ってきた。


 「いや、上半身裸の友達と姉貴を見て俺はどういう反応をすれば良いんだ?」


 おっと。そういえばまだ服を着てませんでした。失敬失敬。


 大丈夫。龍騎が気まずくなるような展開にはなってないからね。


 ………残念な事に。

 いや、マジでどうしてこうなったんだろうな。なんだかんだ楽しかったけどさ。

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