第148話 らしい終わり方
「まあ、らしいっちゃらしいですよね」
「うるせぇよ」
桃山さんの引退試合である、日本タイトル防衛戦。
俺は自分の試合以上に緊張して試合に臨んだ。今日は俺もセコンドに入って、ずーっと必死に声援を送ってたさ。
試合はかなりの接戦。
序盤はボクシング人生で一番の調子の良さと言っていた桃山さんが押す展開に。ゴリゴリと前に出て、2Rでダウンを奪う好調な出だし。
だが、その好調さが裏目に出た。このまま早期決着もいけると思った桃山さんは、序盤に体力を使い過ぎてしまった。一方、挑戦者はダウンは奪われたものの、冷静にダメージの回復に努めて桃山さんの猛攻を捌ききる。
そして、後半。
絶好調さに押されてイケイケだった桃山さんのガス欠。逆に挑戦者が耐え忍んだ甲斐あって、逆襲してくる。
ダウンこそ奪われたりする事はなかったが、何回か良いのをもらってたし、ゴングに救われた場面もあった。
で、結局最終ラウンドまで決着がつかず判定までもつれ込んだ訳だ。俺や、会長が序盤にペース配分には気を付けろって何回も言ったのにさ。
まあ、気持ちは分からなくもない。体が絶好調で、序盤にダウンを奪って。KO勝利を目指せるかもしれないって思ったら、欲が出るのはボクサーとして当然だ。
更に今日は引退試合。出来れば気持ちよくKO勝利して終わりたいと思ってた事だろう。
判定結果は3-0で桃山さんの勝利。
序盤にダウンを奪ってたのと、後半ガス欠するまで押しまくってた事が勝因だろうが、なんとも煮え切らない終わり方だ。
それが桃山さんらしいっちゃらしいんだが。
「ほら、お客さんが待ってますよ」
「わーってるよ」
今日、桃山さんが引退試合だって事は、ジムのホームページで告知してあったし、ポスターにもそういう文言が書かれてある。
ほぼ満員の会場からの桃山コールに、照れながら応えつつ、ちょっと涙目になりながら観客に向かって話をする桃山さん。
「こっちがもらい泣きしそうになっちゃいますね」
「せやなぁ」
なんて言ってる俺は涙がポロポロ出てるし、会長も同じく。会長に関しては俺より付き合いが長いしな。そんな選手が日本チャンピオンになって、こうして観客に囲まれながら引退していく。
こういうボクサーはごく一部だろう。ほとんどのボクサーは人知れず引退していく。こうしてファンに囲まれながら引退出来るだけで幸せなのだ。
「生意気な後輩がこれからの日本ボクシング界を引っ張っていくでしょう。本当に生意気な奴ですが、こいつは凄い奴です。これからも応援してやって下さい」
「む?」
感傷に浸ってたら、なんか俺の話になってた。褒められてるのか、馬鹿にされてるのかちょっと分からないな。まあ、引退する桃山さんなりのエールなんだと思っておこう。
「皆さん、今まで本当にありがとうございました。ボクサー桃山大志はこれで引退です。これからは第二の人生を歩んでいきます。天下ジム近くの居酒屋『拳』で働いてるので、皆さん良かったら会いに来て下さいね」
なんて、最後の挨拶にちゃっかり居酒屋の宣伝をして笑われながら桃山さんの引退試合が終わった。
本当にお疲れ様でした。
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