第133話 甘いもの


 「たでーまー」


 ジムで会長に彼女が欲しいですと愚痴を吐くのにも飽きて、ランニングしながら家に帰ってきた。練習が休みでも日に5kmぐらいは走ってる。なんか、これはもう習慣なのだ。


 家からジムまでの距離も丁度良い。大体5kmぐらいだから。往復で10kmだけど、まあ、それぐらいは誤差でしょ。


 因みに練習がある日は、逆に車でジムに行っている。練習のランメニューは、習慣で走ってるのと強度が違うからね。


 免許はちゃんと取得出来ました。車は買ってないけど、家の車に初心者マークを貼って安全運転させてもらってます。特に欲しい車がないけど、そのうち買おうとは思ってる。お金はあるしね。


 シャワーを浴びて自室でゴロゴロ。配信者の動画を見たり、各団体のウェルター級チャンピオンの映像を見たり。


 ウェルター級にどうしても一人、戦いたい相手がいるんだよねぇ。白鳥さんにもそれを伝えてるし、試合を決めてきてくれると良いけど。一筋縄ではいかなそう。


 「シュークリーム食べたーい」


 いつか戦うであろう相手に思いを馳せながら、携帯をぴこぴこしてると、不意に甘いものが食べたくなった。


 まだ試合も決まってないから、そこまでがっつりと食事制限をしてる訳ではない。おやつだって食べてるぐらいだ。


 冷蔵庫を開いて中を見たけど、甘いものが入ってない。プリンがあったけど、蓋に聖歌って名前が書いてあった。


 女性の甘いものを掠めると後が怖いからね。それは父さんが実証している。少し前に母さんのどら焼きを勝手に食べて、正座させられてたから。


 「コンビニ行くか」


 拳聖君はコンビニスイーツ大好き人間である。節制してるから頻繁に食べれる訳じゃないけど、試合が終わったら必ず購入するぐらいには好きだ。


 家から徒歩5分ぐらいのコンビニに向かい、甘いものを吟味する。流石に何個も買って食べるような罪深い事は出来ない。入念に吟味して、これだと思う一品を選ばないといけないのだ。


 目の前にあるのは、キャラメル味のシュークリームと、生クリームがたっぷり入ったエクレア。どっちにしようかとうんうん唸る。


 190cm超えの男がコンビニのスイーツコーナーで右往左往してるのは、中々ホラーな光景である。


 「どっちも買って、明日も一個食べるか…。でもなぁ。明日はこれの気分じゃなくなってそう」


 そしてぶつぶつと独り言。人によっては通報されてしまうかもしれない。幸い、俺はここのコンビニは常連なので、大丈夫そうだが。なんたって、俺のサインと写真が飾られてるからね。因みに父さんのもある。


 よし、エクレアにするかと手を伸ばしたその時。横からそのエクレアに手が伸びてきて思わず手を引っ込めた。


 ラブコメ的展開なら、ここでお互いの手が重なってトゥンクみたいな感じになるんだろうが、俺の超人的反射神経が手を引っ込める。


 「あ」


 「え?」


 エクレアを取られて思わず声を上げてしまった。エクレアもシュークリームも残り一つだったのだ。


 取ったのは大学生くらいのお姉さん。俺が思わず声を出しちゃったもんだから、不思議そうに俺を見てる。


 「あ、なんでもないです」


 「はぁ」


 俺はそう言ってキャラメル味のシュークリームを手に取ってレジへ向かった。エクレアはまた次の機会という事で。


 「それにしても目が怖いお姉さんだったな。美人っちゃ美人だったけど」


 俺が思わず声を出して、お姉さんが俺を見た時の目はかなり鋭かった。切れ長で気が強そうな人。多分、怒ってるとかじゃなくて、あれが素なんだろうけど。


 俺はコンビニから帰る道中でシュークリームを食べながら、そんな事を思った。

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