第108話 念願の


 ☆★☆★☆★



 「ケヴィン、落ち着けって」


 「は? 落ち着いてるが? お前が何を思ってそう言ってるのかは知らないが、俺は至って正常だぞ? むしろ、ここまで落ち着いてるのは人生で初めてだ。どこをどう見て俺がテンパってるってなるんだよ。お前が俺を揶揄いたくなるもの分かるが、見当はずれな事は言わないでくれ」


 「早口」


 試合が終わって数日。

 ケヴィンとトレーナーは宿泊しているホテルで、とある人物を待っていた。


 試合に負けて酷く落ち込んでいたケヴィンだが、トレーナーがとある人物との面会を約束してくれて、テンションが急回復、


 今日もホテルの一室で立ったり座ったりを繰り返し、既に空になってるグラスを持って、何回も飲む動作をしている。


 これを見て落ち着いてるとは流石に言えないだろう。トレーナーはため息を吐いて、ケヴィンを無理矢理座らせる。


 「そんなワタワタした姿をケンシに見せるつもりか?」


 「だから俺は--」


 「言い訳はいい。そんなんでは話せるもんも話せなくなるぞ」


 「うっ」


 トレーナーに正論で言われてたじろぐケヴィン。その後もやいやいと言い合いをしてると、とうとう話題の人物がやって来た。


 ホテルのフロントにケンシがやって来た事を伝えられて固まるケヴィン。トレーナーは呆れながら、なんとかケヴィンを動かしてホテルのロビーに向かう。


 手と足を同時に動かして、ギクシャクしながら歩くケヴィン。トレーナーは試合の時より緊張してどうするんだと思いつつ、皇拳士が座っている場所へ。


 「お待たせしました。今日はお時間頂きありがとうございます」


 ケヴィンを放っておいて、とりあえず挨拶をするトレーナー。拳士も笑顔で応対する。


 「いえいえ。今日はお招きありがとうございます」


 普通に英語で会話する拳士。妻の美春に習った成果が出ている。どうやら拳士は拳聖よりは頭が良いらしい。


 「それで今日はどういったご用件で?」


 「ああ。それは…」


 軽くトレーナーと雑談してから本題へ。

 この間ケヴィンは空気だった。憧れの存在を目の前にガチガチになりながら、大人しく座っていたのだ。


 トレーナーに肩を叩かれてようやく我に返るケヴィン。そして大きく深呼吸をしてから、意を決したように喋りだした。


 「え、えっと、本日はお日柄も良く、じゃなくって、その、ケ、ケンシを見てボクシングを始めたって言うか…その、それからファンだったって言うか…そ、それで、その…」


 ケヴィン限界化である。

 昨日からずっと喋る事はシミュレーションをして、いくつもの会話デッキを構築して万全の準備で来たはずなのだが、いざ目の前にすると、それが全て飛んでしまったのだ。


 「は、はぁ」


 これには拳士もびっくりである。

 この前の試合で何か気になった事があったのか、それとも拳聖が言ってたように、やっぱり何かをやらかしてたのかと色々考えながらこの場に来たのだ。


 それがいざ来てみると、試合の時とは別人の様な元チャンピオン。強面の黒人男性が自分を前にアイドルに会ったオタクみたいな挙動をしてるのである。


 (ルトゥールに会った時の拳聖もこんな感じだったな。さて、一体どうしたら良いのやら)

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