第94話 車谷選手の世界戦


 合宿から帰ってきて、そろそろ夏休みも終わるって頃に車谷さんの世界タイトル戦があった。


 俺は宿題をしばきながら、リビングで父さんと一緒にその試合を見てたんだけど。


 「車谷さん強いな」


 「終始圧倒しているよう見えるな」


 現在第8R。

 始まってからずっと優位に試合を進めてたけど、7Rでダウンを奪ってから一気に攻勢に出てる。


 「やっぱり上手いよなぁ。動き方が洗練されてるし、このラウンドになっても動きが衰えない」


 「クルももうだいぶキャリアを積んでるしな。ペース配分もお手のものだろう。このラウンドで決まるんじゃねぇか?」


 父さんが言った通り、車谷さんは猛ラッシュを仕掛けていて、対戦相手のチャンピオンは防戦一方。ガードも崩れてきてるし、倒されるのも時間の問題だろう。


 「おっ!」


 「鋭い良いパンチだ」


 ロープ際に追い込んでの右フックのダブルがボディと顔面にクリーンヒット。

 最後の顔面にはカウンター気味に入った事もあってか、チャンピオンはこの試合二度目のダウンをした。


 「最後のダブルは良かったなぁ。キレ、スピード申し分なし」


 「ああ。…あ、立てないな」


 レフリーが腕を大きく振った。

 KOで試合終了だ。車谷選手はガッツポーズをしてトレーナーさんと抱き合っている。


 「車谷さんもこれで父さんと一緒の3階級制覇だね。すごいなぁ」


 「クルならフェザー級でもやっていけそうだが、どうかな。日本人で4階級制覇は久しく見ていない。是非頑張って欲しいもんだ」


 そりゃ、父さんが引退してから世界チャンピオン自体が車谷さんまで出てこなかったからね。ちょっと前まで、ボクシング人気がちょっとずつ衰退してきたなかでの最後の希望って言われてたぐらいだ。


 「まあ、俺は9階級制覇するけど」


 「前代未聞だろうな」


 無敗で9階級制覇。

 全部KO勝ちまで出来たら、俺はボクシング界のレジェンドになれるだろう。

 ボクシングで最高の選手は問われたらみんなが皇拳聖の名前をあげるぐらいの選手になりたいね。


 「とりあえずおめでとう連絡をしておこう。俺も続きますよって」


 「拳聖の高校生で2階級制覇を目指すってのもボクシング界からすりゃ、充分偉業だと思うがな」


 まあね。

 狙ってた訳じゃないけど、体の成長的に高校生からやらないと間に合わないってのがあったから。


 身長の伸びも落ち着いてきて、190cmいくか、いかないか辺りで止まりそうってのが、お医者さんの見解だ。ヘビー級に挑むにはちょびっと心許ないかなと思ったけど、かの有名なマイク・タイソ◯選手は180cmでゴリゴリ勝ってたんだ。そこは言い訳に出来ないだろう。


 「階級を上げてったら当然だけど、リーチの有利がなくなるよなぁ」


 「俺からすればその辺の階級は未知すぎて読めないところもあるが、いずれはリーチが拳聖より長い相手も出てくるだろうな」


 「その辺の練習もおいおいやってかなきゃね」


 「ああ。だがまずは目の前の試合だ。ケヴィンはクルに似てるだけあって強いぞ。先を見過ぎて油断しないようにな」


 分かってるさ。減量も順調に進んでるし、練習も気持ち良くやれてる。


 「後の問題はこいつを片付ける事だけだ」


 「それは後回しにしてたお前が悪い。美春に怒られる前にさっさと終わらせちまえ」


 目の前のほぼ白紙の宿題を見ながら俺はため息を吐いた。


 

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