第93話 最終日


 ☆★☆★☆★



 「凄いなぁ」


 目の前では拳聖さんがひたすら走っている。


 僕はバテて先にダウンしちゃったけど、拳聖さんは顔が死んでるものの、ダッシュをやめる事はない。


 「拳聖、ペース落ちてきてるぞ!」


 拳士トレーナーも、自分の息子だからと甘やかす事なく、むしろかなりスパルタに指導している。


 今日は合宿の練習最終日。

 今日の夜に最後に皇一家の皆さんとBBQをして、明日東京に帰る事になる。


 最初合宿に誘われた時はここまでキツいとは思ってなかった。正直練習の方はおまけ程度に思ってたんだ。拳聖さんはあんまり詳しい内容は教えてくれなかったし。


 まあ、キツい練習があるって分かってても、同行させてもらってたと思う。

 現世界チャンピオンと元世界チャンピオンと一緒にみっちり練習出来るなんて、お金を払っても無理だろう。


 「よし! 少し休憩だ!」


 「死ぬ…死ぬ…死ぬ…死ぬ」


 拳士トレーナーの合図と共に、拳聖さんは砂浜に倒れ込んだ。

 体中が汗だくで、砂が体にへばり付いてるけど、そんな事も気にしてられないらしい。


 虚な目でぶつぶつと何かを呟いている。


 「良し。服部君もそろそろ体力が回復したな。次は参加するように」


 「はい!」


 「拳聖は服部君よりペースが遅かったらペナルティでダッシュの本数を増やすからな」


 「………落ち着け。アンガーマネジメントだ。深呼吸して6秒耐えろ。………殺意しか残らねぇ」


 拳聖さんがかなり物騒な事を言って拳士トレーナーを睨みつけている。拳士トレーナーはそんな視線を受けてもどこ吹く風だ。

 むしろニコニコして、拳聖さんを煽るような顔している。


 それを見てやっぱり親子なんだなぁって思ってしまった。拳聖さんが試合前に対戦相手にニコニコしてる時にそっくりだ。


 「まだそんな顔をする余裕があるとはな。良かろう! インターバルは終了だ! さあ、走れ!」


 合図と共に拳聖さんは飛び上がってスタートして行った。僕もそれに負けじと追いかける。


 この1週間、本当に良い経験をさせてもらったな。



 ☆★☆★☆★



 「合宿終了! お疲れ様でした! 乾杯!」


 毎年恒例奄美大島の地獄合宿が終了。

 今は浜辺でBBQをしている。


 「今日は食うぞ。食って食って食いまくる」


 今日食いまくって、明日東京に帰ってたら、本格的な減量を開始する。

 今回はスーパーライト級なので、ライト級と比べて2kgぐらい余裕がある。


 だから前回ほど地獄じゃないといいなーって願ってます。


 「孤南君、1週間どうだった?」


 「滅茶苦茶しんどかったです。でも、楽しかったですね」


 うむ。そう思ってくれたのなら嬉しい。

 ただしんどいだけじゃね。モチベーションは下がる一方だから。


 「最後の方はスパーリングも中々様になってきてたしね。これは大会でも良いとこまで行くんじゃない?」


 「そうだと嬉しいですね」


 孤南君は夏休みの最後の方に行われる中学生の部の大会に出場予定だ。

 俺も出た事があるやつだな。俺は体重の関係で、ほとんど対戦相手がいなかったが、孤南君ぐらいの体重だと結構いる。


 まだ始めて1年経ってないけど、試合の経験は大事だからな。もし負けてもめげずに頑張ってもらいたい。

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