第86話 おめでとう会
「危なかった。マジで危なかった」
「あれだけパスを貰っておいてこれか」
赤点回避。
お互い何度もダウンして、殴り合った泥試合を判定で勝利。テストの野郎とは毎回最終ラウンドまでもつれ込むな。
今回はギリギリ40点の科目が二つもあった。採点もおまけしてもらってるような気がする。
そして遅れながら祝勝会が今日、スパーリング三銃士の一人、桃山さんが働いてる居酒屋を貸し切って行われる。テストがあるから、終わるまで待っててもらってたんだ。
ここでやらずにもっとちゃんとしたところでやれよって働いてる桃山さんに言われたんだけどね。ここが良い。試合に勝ったら毎回ここだし。なにより居心地が良い。
「えー、ボンの世界チャンピオン。桃山、赤城、黒木の日本ランカー入りを祝してー。乾杯!!」
「かんぱーい!!」
天下会長の雑な音頭から宴が開催される。
「おっちゃーん。ハツを塩とタレでいっぱい焼いてー」
「あいよー!」
ここにはもう何度も来てるので、大将や従業員さんとは仲良しだ。それにここのハツの焼き鳥は滅茶苦茶美味い。
まあ、俺はバカ舌なので大抵のモノは美味しいって言うけど。それでもよそで食べる焼き鳥よりここの方が美味しいって思うんだよね。多分環境補正が入ってる。
やっぱり居心地が良い空間って大事だよ。
「桃山さんはランカーに返り咲きですね」
「ああ。年齢的にもラストチャンスかなって思ってる」
スパーリング三銃士である、桃山さん、黒木さん、赤城さんだけど、最年長の桃山さんはもう30を超えている。天下ジムで1番の古株で、父さんが現役の頃から在籍していた。
日本ランカーに入っては負けてを繰り返して何度目かの日本ランカー入りだ。
「このまま世界チャンピオンまで突っ走らないとですね」
「あはははは。無理だな。昔はそう思ってたんだが、俺がどれだけ頑張っても日本チャンピオン止まりだ」
むう。現実主義。
ここから死ぬ気で頑張ればいけそうな気もしないではないけど。俺も協力しますよ? いつも以上に気合を入れてスパーリングするよ?
「それに大将にこの店を継がないかって言われてるんだ。ここも10年以上働いてるからな。ボクシングを辞めた後の事も考えると、ここらがラストチャンスだ」
それを言われると弱いですなぁ。
桃山さんがここのお店を継いでくれるのは嬉しい。これからも祝勝会で使わせてもらいたいしね。大将もそろそろ還暦だしなぁ。
「黒木と赤城、それに服部はまだ若い。そっちのサポートをしてやってくれ。歳下の拳聖に頼むのはおかしいけどな」
「わははは! 任せて下さい! なんたって世界チャンピオンですから!」
なんかしんみりしてきたので無理やりテンションを上げておく。カルピスをぐいーっと飲み、任せとけとばかりに胸を張る。
なんたって世界チャンピオンですから。
「でも桃山さんにこのハツを上手に焼けますかね? 俺はこれに関してはうるさいですよ?」
「うるせぇ。お前達が唸る程のもんを作って待っててやるよ」
ボクシングを辞めた後の事かー。
俺は全然考えてなかったな。ボクシングだけで食べていける人なんてほんと一握りだもんなぁ。俺は幸い恵まれた家庭と特典があるからのほほんとしてるけど。
大抵の人は働きながらジムに通って、ボクシングを辞めた後も職に就かないといけない。世知辛い世の中だぜ。
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