第76話 同族嫌悪


 「皇選手、計量オッケーです」


 あー終わった。地獄が終わった。

 感無量である。もう試合が終わったような達成感。あ、ちょっと泣きそう。


 「リュカ選手、計量オッケーです」


 世界チャンピオンのリュカ選手も計量をパスしたみたいだ。この後少し時間を置いて記者会見。早く何か口に入れてぇっす。


 「よろしくねー!!」


 「あ、はい、どうも」


 さっさと計量室から出て行こうとすると、リュカ選手に話しかけられた。

 あいにく、何を言ってるか分からなかったけど、通訳さんが翻訳してくれたので、なんとか返す。


 何かを口に入れたくて、すっかり挨拶の事を忘れてた。これは失礼しました。

 返事も適当になっちゃったし。


 「おっきいねー! すっごい体だねー! ばーかばーか!!」


 「え?」


 通訳さん、本当にそれだけ?

 なんか最後罵倒された感じがしたんだけど。困った顔をしてるし、何か言われたんだろうか。おっきいね、すごい体だねだけでそんな困った顔します?


 なんかあっかんべーってされてますけど。

 子供かな? 子供なのかな?

 今の俺ちゃんは減量のせいで、あんまり穏やかじゃないですよ?


 何かを言おうと思ったら父さんに手を引かれた。そしてそのままフェードアウト。


 「相手にするな。少しでもお前を揺さぶろうって魂胆だろう」


 「揺さぶるも何も。通訳さんが訳してくれなかったら、俺は何を言ってるか分からないんだけど」


 英語ならワンチャン分かるけど。

 英語のNGワードは分かりやすいし。

 メキシコって何語なんだろ。ポルトガル語とかかな? スペイン語かも?

 どっちにしろ俺は馬鹿だから分かりませんな。


 「でもイライラしてるだろう?」


 「これは減量のせい」


 「イライラしてるなら一緒だ」


 むぅ。子供じみた真似をしよってからに。

 まんまと術中にハマってしまったぜ。

 顔もなんか可愛いよりの童顔だから、余計に遊ばれたって感じがする。


 「あーうめー」


 「一気に飲むなよ」


 経口補水液をちびちびと飲みながら、思わずおっさんみたいな声を出してしまう。

 なんで減量終わりの経口補水液はこんなに美味いのか。



 軽くリカバリーをして記者会見。

 相手のリュカ選手は終始ニコニコしてて、なんか余裕そう。ムカつく。

 いかんいかん。これが相手の策なのかもしれんな。また騙されるところだった。


 俺も負けじとニコニコしながら話す。

 終始和やかな記者会見になったんじゃなかろうか。


 「お互い全然目が笑ってなかったぞ」


 「そう?」


 父さんに言われたけど仕方ないね。

 なんかムカつくんだもん。

 俺もいつもニコニコしてるけど、相手にやられたらこんなにムカつくんだな。


 まだマイク選手みたいに分かりやすく挑発してくれた方が楽かもしれん。

 これからもずっとニコニコしよう。


 俺の将来異名は『スマイル』とかになるかもしれんな。人造悪魔の実みたい。


 そろそろ俺にもかっこいい異名がついてもおかしくないと思うんだよね。

 密かにエゴサしてるけど、残念ながらそれらしきのはない。フリッカーにちなんだ名前とかでも良いですよ。

 ダイレクトに◯柴って呼んでくれても良い。


 「どうでも良い事を考えてたら落ち着いてきた」


 「同族嫌悪だな。多分、また相手と鉢合わせたらイライラするぞ」


 またまた。

 俺ちゃんは温厚で町内では有名なんだぞ?

 一度落ち着いて、減量の苦しみから解放されたら、そう簡単にイライラする事はありませんとも。

 

 

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