第69話 一歩ずつ


 ☆★☆★☆★


 「シッ!」


 良いパンチだ。本当に。まだ17歳というのが信じられない。拳士さんの息子だとしても出来過ぎだろう。


 「パンチが当たらーん!!」


 「いやいや、何度かひやっとするシーンはあったよ」


 スパーリングの合間の休憩中。

 拳聖君はかなりフラストレーションが溜まってるみたいだった。拳士さんが得意としてた瞬きの瞬間を見極めてのパンチ。


 これをモノにするのにかなり時間は掛かったけど、その甲斐あって世界チャンピオンまで登り詰めた。拳士さんは息子には教えてなかったみたいなので、先週多用して翻弄したんだけど、今回はしっかり対応していた。


 わざと瞬きをして誘ってのカウンター。

 拳聖君のカウンターはかなり鋭かった。元からかなり目が良いのと、当て感が凄まじいのがあって、危うくクリーンヒットしそうになった。


 だが、俺もこのパンチを使う上での弱点はしっかり熟知している。

 実際試合中にカラクリに気付いて、拳聖君と同じ様な対策をしてくる選手はいた。


 「カウンターは良いね。一回でも見せておくと、また罠かもしれないと相手を疑心暗鬼にさせる」


 「当てれなきゃ意味がないんすよー」


 拳聖君はしょんぼりしてるね。多分今まで挫折というか、ここまでパンチが当たらない人と出会った事が無かったんだろう。


 拳士さんには一回目のスパーリングの前にご飯に行った時、徹底的にやってくれと頼まれている。あの拳士さんに頭を下げられたのはびっくりしたけど、憧れの人にお願いされたんだ。俺だって真剣にやらせてもらう。


 それにこっちも学ばせてもらっている。フリッカーなんて滅多にお目に掛かるもんじゃないし、バンダム級に拳聖君程、カウンターが鋭い人なんていない。


 パンチの破壊力は階級差もあって相当なものだし、一発良いのを貰えば俺だってどうなるか分からない。一発でも貰えばアウト。ただのスパーリングなのに、緊張感があって、かなり良い練習になっている。


 「やっぱりもう少し誘導すべきか…。でもなぁ、スピードがなぁ、俺より速いんだもんなぁ」


 悩んでる悩んでるね。良い事だ。それにスピードは多分拳聖君の方が速い。ただフットワークで誤魔化してるだけ。この辺はもっと経験が必要だね。教えてあげても良いけど、まだ時間はある。


 こういうのは人に言われるより、自分で悩んで答えを出した方が身につくのが早い。

 もちろん、どうしようもない時は口を出さないといけないけどね。


 でも拳聖君ならすぐに気付くはず。この一週間はパンチが当たる謎に頭を悩ませてたみたいだけど、これなら映像を見ればすぐに分かるはずだ。


 見たところ修正力も中々のモノだし、一旦コツを掴んでしまえば覚えるのも早いだろう。これが才能ってやつかな。とにかく体を動かすのが上手な子って印象だ。


 俺だって負けてられないね。今年30になるし、一番脂が乗ってる時なんだ。

 階級も上げようかと考えてるし、俺も貪欲に学ばせてもらうよ?

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