第67話 壁


 「今日はありがとうございました。来週もまたお願いします」


 「こちらこそ。良い練習になったよ。拳士さんによろしくね」


 一発目のスパーリングが終了した。

 結果は散々である。ボクシングをやり始めてから初かもしれん。ほぼ何もさせてもらえなかった。


 とにかく速い。パンチが当たらん。そして、パンチを当てられる。

 俺はガードは下げてるけど、それは防御にそれなりに自信があったからだし、目が良いから避けれると思ってた。


 なのに当たる。いや、なんか当たりたくないタイミングに限って当たる。

 会長はタネを知ってるみたいだから、何かカラクリがあるんだろうけど。


 「ぬーん」


 「悩め悩め若人よ。それがお前を強くする」


 リングのロープにもたれ掛かりながら、考えてると桃山さんが年寄り臭い事を言ってきた。この人もタネが分かってるっぽいんだよな。


 「ちょっと頭が回らんな。桃山さん、サンドバッグになってもらえます?」


 「お前は先輩をなんだと思ってるんだ!」


 いや、体を動かしながらの方が頭が働くかなと思って。全然答え出ないし。


 「会長がさっきの映像撮ってるから、それを見て来いよ」


 「そうしますかー」


 ボクシングを始めて初の壁にぶち当たってるような気がする。ここまでが順調すぎたってのもあるけど。




 「やっぱり分からんな。なんでだ? スピードもそんなに変わってる様子もないのに」


 映像を家に持ち帰ってきた。

 で、リビングのテレビで見てるんだけど、さっぱりだ。魔法でも使ってんのか?


 「前の試合でも思ったが、クルも強くなったな」


 父さんも一緒だ。今日は聖歌の授業参観だったので、ジムには来てなかった。

 一日聖歌デイを楽しんだようだ。羨ましい。


 因みにクルってのは車谷さんの事ね。こうして見ると父さんの現役時代そっくりだ。

 大ファンだって言ってたもんなぁ。


 「父さんは原因が分かってるんだよね?」


 「まぁな。拳聖が行き詰まった時にでも教えようかと思ってたが、とんとん拍子でOPBFまで取っちまったから、機会がなかったんだ」


 ふむ。やはりカラクリはあるんだよね。

 俺にも真似出来るのかな? 是非モノにしたい。自画自賛するようで申し訳ないけど、俺に当てれるようなら、誰相手にでも通用するだろう。アイシールド2◯の阿◯並みの反射神経と動体視力を持ってると自負してますゆえ。神速のインパルスですよ。


 「拳聖は器用だからな。そう時間も掛からず出来るようになるだろう。これも良い機会だ。存分に悩め」


 答えは教えてくれない様子。

 まぁ、俺もここまで来たら自分でこの『ファントムパンチ』を解き明かしたい。

 『ファントムパンチ』は俺が考えました。


 決してアリさんのパンチじゃありません。

 つなぎを速くしてる訳じゃないし、タイミングをずらしたりしてる訳でもない。

 なのに、ポコンとパンチが当たる。


 必殺パンチとか調子に乗って考えてる場合じゃねぇ。出来れば次のスパーリングまでにこのパンチの謎を解明しないと。

 これだけじゃなくても学びたい事はたくさんあるんだ。


 ほんと良いスパーリング相手を用意してくれたよ。俺はまだまだ成長出来る。

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