第66話 クリーンヒット
☆★☆★☆★
「世界って凄いんですね…」
「ああ。昔の拳士さんを見てるみたいだ」
僕は世界チャンピオンの車谷さんと、拳聖さんのスパーリングをリング側で見ている。
このジムに在籍して長く、拳聖さんからスパーリング三銃士と呼ばれてる桃山さんがジムに入りたての頃は、拳聖さんの父の拳士さんがまだ現役だったらしく、その時を思い出すような顔をしている。
僕にとっては拳聖さんがヒーローだ。たまたまテレビで見た拳聖さんの日本タイトル戦の試合を見て、僕もやってみたいと思った。
調べてみると所属してるジムがすぐ近くで体験もやっていたので、すぐに足を運んだ。
まさか道中で拳聖さんに会えるとは思ってなかったけど。そのまま実際にやってみて、やっぱりボクシングは楽しいと思った。
それで、すぐさま小さい頃からやっていた水泳を辞めて天下ジムに入会した。
小学六年生の頃に全国大会に出場した事もあって、通っていたスイミングスクールの講師には勿体無いって言われたけど、あの人見た拳聖君の圧倒的な試合を忘れられなかったのだ。
ジムに入ってからは驚きの連続だった。体力に自信はあったけど、最初はまともにランニングすらついて行けなかった。予め忠告されていたけど、ボクシングの練習は地味できつい。水泳で慣れてたつもりだったけど、それ以上に過酷だった。
それでも少しずつ慣れてきて、パンチの打ち方も分かってきた頃。
拳聖さんのOPBFタイトルマッチがあった。
普段は優しくて、新人の僕にも気を使って練習も見てくれたりしてたんだけど、試合が近付くにつれて少しピリピリして。
初めて本格的に減量してるらしく、それが思いの外キツかったみたいだ。
拳聖さんの肉体はすごい。無駄な脂肪はほとんどない。それで減量がきついんだから、そもそもライト級が合ってないんだと思う。
身長もまだ伸びてるみたいで、ちょっとやばいって苦笑いしながら言っていた。
そしていざ試合。
ジムに入ってから拳聖さんの試合映像を全部見たけど、今までは早いラウンドで倒していたのに、その試合はちょっと時間が掛かっていた。
それでもほぼクリーンヒットは貰わず、最後はカウンター一閃。あの時は一緒に観戦していたジムのみんなと大盛り上がりだった。
長々と前置きしたけど、とにかく拳聖さんはまだボクシングを始めたばかりの僕が見ても強い人だと思う。
まともにパンチを当てられた試合なんて、夜木屋選手の紙一重のしか見た事がない。
それなのに。
「なんでパンチが当たるんだ?」
「カラクリちゃんとあるで。自分で見抜いてみぃ」
スパーリングの3R目が終了して、コーナーに戻ってきた拳聖さんは首を傾げて会長に聞いていた。
見た感じ、通常時は普通に避けれている。
それなのにここぞという時には必ずパンチをクリーンヒットされている。
こんなに打たれてる拳聖さんは初めてみる。ガードは基本的に下げてるけど、拳聖さんは目が良いから、躱せるし捌ける。
それなのにパンチが当たる。外から見てる僕にも分からない。会長はカラクリが分かってるみたいだけど…。
「桃山さんは分かりますか?」
「まぁな。拳士さんもやってたし。だが理由が分かっても簡単に真似は出来ねぇぞ」
桃山さんも分かるらしい。こう言ってはなんだけどちょっと意外だ。
でも拳士さんがやってたなら、息子の拳聖君に教えてても良いと思うんだけど…。
何か教えてない理由があるのかな。
ボクシングは奥が深い。ボクシングを始めて良かった。早く僕も試合がやりたいな。
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