第57話 VSライト級ヘムサポ2


 ☆★☆★☆★


 「どうだ?」


 「想像以上にフリッカーが厄介だよ。インファイトで来る方が楽かもしれないね」


 1Rが終わってコーナーに戻ってきた。

 皇のフリッカーは分かってるつもりだったけど、想像以上に見切れない。

 映像では夜木屋が軽く避けてたから、なんとかなると思ってたけど見込みが甘過ぎた。


 「相手はこっちを警戒してるな。もっと突っ掛けてくると思ったが」


 「長期戦も視野に入れつつペース配分してる感じだね。いやぁ。若いのに優秀だこと。いや、セコンドの指示かな?」


 「かもしれんな。なんたって3階級制覇してるチャンピオンだ。当然作戦の指示があるだろう」


 本人ですら厄介なのに、向こうにはしっかりとした参謀もついてるときた。

 うちのトレーナーだって負けてないけど、やっぱり実際に世界で戦った経験は大きいよね。


 「とりあえずヒットアンドアウェイかな。向こうに考える隙を与えたくない。スタミナ勝負なら負ける気はないね」


 「よし。行ってこい」


 レフリーがセコンドアウトを告げ、そして第2Rのゴングが鳴った。



 おっと。そうきたか。

 ゴングが鳴り、どうやって削っていこうか思案してると、皇が1R目とは打って変わって突っ込んできた。


 「フッ!」


 当然こちらもジャブで応戦する。

 長いキャリアで積み重ねてきたジャブには自信がある。いや、あった。


 ここまであっさりと捌かれるのはなぁ。

 スピード威力共に世界チャンピオンにも劣らないと自負している磨き上げてきたジャブ。


 それをほぼノーガードで突っ込んできておいて、躱され捌かれ。

 歩みはゆっくりとだが確実に距離を詰められている。


 「シッ!!」


 そして時折り混ぜられるこのフリッカーだ。これでタイミングをずらされて更に前進を許してしまっている。


 だけどダテに長い間OPBFのチャンピオンに君臨してる訳じゃない。

 俺はジャブを放ちつつ、そして皇のフリッカーを躱しつつ距離を取る。


 向こうもかなりの危険を冒してまで、インファイトをしてくるつもりはなさそうだ。

 アウトボクシングより、インファイトのほうが組みしやすそうではあるんだけど。


 皇のパンチ力はちょっと危険すぎる。

 一発貰うとそれが決定打になりかねない。ここはジャブで牽制しつつの、ヒットアンドアウェイ。スタミナを削りつつ、フリッカーに慣れる。慣れてからが本番だ。


 チラリと時計を見る。

 第2R終了まで残り1分。

 なんとかのらりくらりと躱してはいるけど、かなり神経は削られている。ポイントは今のところ五分五分だろう。


 後半のどこで勝負を仕掛けるか。

 そんな事を考えてたのが良くなかったのか、皇が今まで以上のスピードで急接近してきた。


 残り1分を切った事でスパートを掛けたのか、ちょっとジャブでは止まりそうにない。

 後半の事を考えてたせいで、少し気を抜いてた部分もある。そのせいで危険領域まで侵入を許してしまった。


 そしてそこから繰り出されるボディ。

 これはマイクの試合の事あって当然頭に入っていたが、いざ間近で繰り出される瞬間を見ると寒気が走る。


 「ツッ!」


 しっかりガードを固めて受け止めるが、ガード越しでもその威力は伝わってくる。

 こんなの直接受けてしまったら、倒れはしないかもしれないが、その後のパフォーマンスに影響が出るのは間違いない。


 俺は足を使って慌てて逃げ出そうとするが、一度近付いた皇は逃してくれない。

 向こうも巧みなフットワークでピッタリと張り付いてくる。


 そして繰り出されるボディ。

 そう思った瞬間、とても嫌な予感がした。

 俺はかなり大げさに体を動かす。その直後、先程まで顔があった場所にアッパーが飛んで来ていた。


 危なかった。

 皇のボディは印象が強過ぎて、今回もボディだと決め付けていた。直前で避けてなかったら、今頃マットに沈んでただろう。


 そして俺がヒヤヒヤしていると、第2R終了のゴングが鳴った。

 皇をチラッと見てみるが、疲弊した様子はない。その顔は爛々としていて、それがとても不気味だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る