第55話 ヘムサポ
☆★☆★☆★
「オー。クレイジー」
次の試合相手が決まったと会長に言われて、その相手の映像を見てたんだが。
思わず自然と口から溢れてしまった。
「これが17歳? 信じられないね」
皇拳聖。
父が3階級制覇したボクシング界のサラブレッド。プロ三戦目で日本チャンピオンに登り詰めた才能の塊である。
「あのマイクを1RKOか。末恐ろしい」
「この試合でインファイトも十全にこなせるって分かったのは収穫だな。これまでの試合も足を止めて打ち合う事はあったが、基本はカウンター狙いのアウトボクシングだったんだ」
「判定狙いかなぁ」
マイクは一発が恐ろしい相手だ。
だから俺は徹底的に彼の距離には付き合わず最初から判定狙いでペシペシやった。
今回はどうだろう。マイク以上のインファイト能力に、リーチの長いフリッカージャブ。ガードはほとんどしてないみたいだが、守備を疎かにしてるようにも見えない。むしろ、目が良いのかまともにパンチをもらっていない。
「危なかったのはこの夜木屋との戦いかな。それもスリッピングアウェイでいなしてるけど」
夜木屋からしたらたまったものじゃなかっただろうね。会心の一撃だっただろうに。
あそこまで策を張り巡らしてあの一撃に賭けてたんだろう。その後は悲惨だった。
「判定も厳しいかな。ジャブの差し合いは序盤は押され気味になるだろう。あのフリッカーに慣れるにはそれ相応に時間が掛かる」
「気になるのはスタミナだ。次でプロ4戦目。過去3試合で3Rまでしか戦っていない。アマチュアの実績もほぼないしな。無理矢理長期戦に持ち込むって手もある」
映像を見ながら会長と対策を練る。
でも見れば見る程、弱点が見当たらない。
ようやく捻り出したのがスタミナとは。
なんとも情けないね。
「出来れば試合を拒否したいね。勝ち筋が中々見つからないよ。どう見積もっても7:3ぐらいで降りだよね」
「このファイトマネーを蹴れるか?」
無理だ。今回のファイトマネーは今までで1番。
こんな額を見せられて引き下がれる程俺は大人じゃない。
万が一今回負けてOPBFから陥落しても、当分生活に困る事はない。贅沢しなければ老後の心配もないかもしれない。それぐらいの額なのだ。
俺がチャンピオンベルトに固執してたり、もっと上を目指してる人間なら話は違うんだろうけど。
俺は生活苦から抜け出す為にボクシングを始めたんだ。金の為にやってると言っても良い。
本音を言えばもう少しの間チャンピオンとして君臨して稼ぎたかったところだが。
今回受けてもらえないなら、話は別に持って行くと言われてはこちらも受けざるを得ない。
「やるからには負ける気は毛頭ない。しっかり勝つ準備をするぞ」
「そうだね。試合まで時間が少ない。いつも通り、やれる事をやっていこう」
そしてあっという間に試合前日。
計量で初めて会った皇拳聖は本当に若かった。
17歳なんだから当たり前なんだけど、それにしては身体が出来すぎている。日本人は身体の成長が遅く、完成するまで時間が掛かるっていうのに。
まさかこれでまだ完成してないのだろうか? それとも成長が早いだけ?
どちらにしろ、あんな身体を見せられて油断なんて出来るはずもない。最初からしてるつもりは無かったが、より一層身が引き締まる。
「両者中央へ!!」
リカバリーもしっかり出来ている。
身体が昨日より輝いて見えるよ。そりゃ、元世界チャンピオンがセコンドにいるんだ。
手厚いサポートがあった事だろう。
どこかに隙は無いかと探すが、当の皇拳聖はずっとニコニコとしている。
緊張はしてないみたいで、心の底からボクシングが好きなんだろうってのが良く分かるね。
これで舐めてかかって来てくれたら、可愛げがあってやり易いんだが。
ニコニコしてても目が笑ってないんだよね。
しっかり戦闘態勢には入ってるらしい。
「やれやれ。やりにくいったらありゃしない」
「呑まれるなよ」
会長と短く言葉を交わしてゴングを待つ。
「カーン!!」
そして第1R開始のゴングが鳴った。
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