第43話 後輩


 「おおー。良い感じなんじゃないです?」


 「悪うないな。初心者でこれやったらもっと煮詰めたらええとこまでいきそうや」


 サンドバッグに向かってワンツーを繰り返す孤南君。一回打つ度に自分で微調整してるらしく、回数を繰り返す毎に良くなっていっている。


 「ふーん。サウスポーで側からみたらこんな感じなんだ。確かに相対したら違和感があるかもなぁ」


 俺自身、試合でお披露目した事ないけどスイッチだから、そこまで気にしてなかったんだけど見てたら距離感とかその辺で最初は対応に苦慮しそう。


 「どう? 楽しい?」


 「はい! でもとても疲れますね」


 イキイキとした表情で答えてくれる孤南君。

 そうなんだよ。パンチって一回打つだけでも意外と疲れるんだよね。孤南君は水泳をやってるお陰で、それなりに体力はあるみたいだけど。

 それでも疲れるもんは疲れる。


 「ジャブを打つ時はミートの瞬間捻る」


 「ストレートは腰ね」


 その後もアドバイスして体験は終了。

 更衣室でお着替えしつつ話をする。


 「楽しかった?」


 「はい! また来たいです!」


 「それは良かった。まだ体験は2回残ってるし、時間がある時に来たらいいよ」


 「いえ! 次は体験じゃなくて正式に入ろうかなと! 親にも今日の体験次第で水泳を辞める事を言ってありますので!」


 ほう。ほうほう。ほうほうほう。

 思わずほうの三段活用が出てしまいましたよ。

 中々おハマりになられたようで。サンドバッグをペシペシするの楽しいもんなぁ。

 俺も初めてやった時は夢中になったもんだ。


 「じゃあ今日色々書類とか持って行ってもらわないとな。会長に言っておくよ」


 「ありがとうございます!」


 俺に後輩が出来ちゃいました。

 天下ジムで一番年下は俺なんだよね。

 たまに体験できてくれる子も居るんだけど、正式入会には至らなかったり。入ってきてもすぐに辞めちゃったり。俺は後輩が出来てすぐに居なくなってと、一喜一憂してるのであります。


 「ボクシングの練習って思ってるよりも地味でしんどいけど大丈夫?」


 「水泳も地味ですよ?」


 そうなの? まぁ、水泳のトレーニングって泳ぐくらいしか想像出来ないけど。全く門外漢なもんで。


 「会長ー。入会用紙とかその他もろもろ下さい」


 「なんや? もう決めたんか?」


 「はい! 楽しかったので!」


 「そりゃええっこっちゃ。でもな。ボクシングの練習って地味やぞ?」


 会長も俺とおんなじ事言ってらっしゃる。

 本当に地味だからね。小さい事をコツコツと積み上げていって、体に染み込ませていくような感じだから。無意識レベルになるまで。それこそ、パンチで意識を飛ばされても勝手に身体が動くように。


 「えーっと。最初は色々説明もあるし、親御さんと一緒に来てもらった方がええんやけど…。ご両親どっちかと来れるか?」


 「分かりました!」


 未成年だからね。この辺は仕方ない。

 俺も父さんと一緒に来たし。

 簡単なお話をしてこの日はこれで解散。


 「孤南君は続いてくれると嬉しいなぁ」

 

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