第42話 体験


 「たのもー!!」


 「お、お邪魔しまーす…」


 俺は少年とジムに逆戻りして勢いよく扉を開ける。まぁ、自動ドアなんだけど。気持ちね。


 「なんや、ボン。忘れもんか?」


 俺の道場破り挨拶をあっさりスルーして、会長が不審気に俺を見てくる。

 関西人なら何かしらってツッコミがあると思ったのに。ちょっと東京に染まり過ぎちゃったんじゃない?


 「体験希望の子を連れて来ました!」


 「ほーう?」


 「よ、よろしくお願いします」


 あ、そういえば年齢はおろか、名前すら聞いてなかったや。


 「えーっと、何歳や?」


 「は、服部はっとり孤南こなん、12歳です!」


 惜しい。何がとは言わないが。

 親御さん、絶対狙ったろ。出来過ぎてる名前だ。

 まぁ、それはさておきだ。


 「中一?」


 「はい!」


 「ふむ。ふむふむ。ふむふむふむ」


 会長がふむの三段活用をしながら、ジロジロと孤南君を見てから体をワサワサと触る。


 「ひえっ」


 急な行動に孤南君はびっくりしてる。

 もう会長の癖なんだろうな。俺もジムに入る時やられたし。普通にセクハラだぞ?


 「柔らかい筋肉しとるな。なんかスポーツやってたんか?」


 「はい。小さい頃から水泳を」


 ほーう。水泳。

 水泳をやってたら柔らかい筋肉になるの?

 俺には良く分からんけど。俺は『柔軟な体』のお陰で柔らかい筋肉してるらしいけどね。


 「で、体験希望か。500円かかるけど大丈夫か?」


 「はい! 持ってきてます!」


 「よっしゃ。やってみよか」


 どうやら昨日のうちにジムの事について調べてきたらしく、しっかりと500円持ってきていた。

 天下ジムは500円で軽くやらせてくれるんだよね。最初の3回だけだけど。

 結構お安いんじゃないかなと思います。


 「ボン。お前が連れて来たんやから、最初の準備は手伝ったれや」


 「おいーす」


 天下ジムの体験は分かりやすい。

 普通はしっかりと基礎をやってから、サンドバッグを殴ったりするんだけど、天下ジムはワンツーの打ち方を教えて、すぐにサンドバッグをさせる。

 会長曰く『殴る楽しさを知ってからやないと、基礎練なんて耐えられへんやろ』とのこと。


 一理ある。ボクシングの練習って地味なのが多いしね。華々しいスパーとかだけを想像してるなら、早々に挫折する。

 その前に殴る楽しさを覚えておけば、練習もやる気になるだろって事だ。


 「バンテージの巻き方とか分からないよね?」


 「は、はい。すみません」


 「いや、大丈夫大丈夫」


 俺はささっと孤南君に着替えてもらって、バンテージを手に巻いてあげる。

 服は体操服を持って来てるらしい。用意周到でなによりです。


 「うわぁ。ボクシングっぽい」


 「分かる」


 その気持ちすっごい分かるよ。

 なんかバンテージを巻くと一気にボクシングというか、格闘技をやってます感がでるよね。


 練習用のグローブを渡して、いざ。


 「よっしゃ。ほんならまずは構え方からやな。右利きか?」


 「いえ。左利きです」


 「お。サウスポーかいな。おもろいな」


 ほう。サウスポー。

 俺はスイッチ出来るから気にしてなかったけど、やっぱり貴重だよね。

 いつも慣れた間合いとは違うし。


 「ボン、拳聖みたいに変わった構え方の奴もおるけど、基本は大事やでな。まずはオーソドックスなのから教えるぞ」


 「はい! よろしくお願いします!」


 俺も別にオーソドックスの構え方も出来るよ?

 ただ、なんかしっくりこないというか、違和感があるだけであって。

 しっかりと基礎を学んだうえで自己流に改変してるのです。それがほぼノーガードなんだけど。


 決して基礎を疎かにしてるという訳ではないので、その辺は分かってほしいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る