第37話 控え室にて


 「流石パイセン達。フラグ回収させたら右に出る者は居ないな」


 控え室のTVでいつもの様に音楽を聴きながらリラックスをしつつ試合を見てたんだけど。

 俺の前に試合していた、二人の先輩。

 どちらも中々の泥試合を見せてくれた。


 「そう言ってやるな。勝ったんだから良いじゃないか」


 「それはそうですけどね。観客ひえっひえですよ? これからせっかくのタイトル戦だってのに」


 一緒に控え室で見ていた、今日試合のないスパーリング三銃士の桃山さんが、擁護している。

 いや、勝ったんだし素直に祝福したい気持ちはあるんだ。めでたい。めでたいよ、うん。


 「確かにあの勝ち方はなぁ」


 「桃山さんも人の事言えませんけどね」


 「にゃ、にゃうだとう!」


 両者共に判定勝ち。ダウンする事もさせる事もなく、終始ペチペチとやり合ってだから、玄人は面白い試合だったかもしれないが、派手なKOをお望みのファンはひたすらに面白くない試合だった事だろう。それも一つの戦略だし、悪い事じゃないんだけどね。どこにも山場がないってのはどうなんだろうか。


 「拳聖はリラックスし過ぎじゃないか? 記者会見であれだけの口撃をしたんだ。生半可な試合は出来ないぞ?」


 「自分でもビビるぐらい絶好調っすね。負ける気がしないです」


 俺は椅子に座りながらダラーっとしてる。

 既に体は暖まってるし、身体のキレが半端ない。

 これがリミット一杯の力かと、自分でも驚いてるくらいだ。昨日に母さん特製の釜玉うどんをしこたま食べたし、今日の朝にも食べた。

 二食も食べたのである。そりゃもう、絶好調になるに決まってるよね。


 「油断すんなよー」


 「しませんよ。前回ちょびっと気を抜いて痛い目を見ましたからね」


 今でもあの夜木屋選手との試合映像を見ると心臓がドキドキするんだよね。

 ほんとに会心のスリッピングアウェーだった。もう同じ轍は踏まない。俺ちゃんは成長する男なのである。夏の合宿を経て、更にパワーアップした新しい皇拳聖を見せてやる。


 「ボン。調子はどうやー」


 「太々しい態度してますね。大丈夫でしょう」


 スパーリング三銃士残りの二人、赤城さんと黒木さんのセカンドについてた会長と父さんが戻ってきた。試合した二人は一応ドクターのチェックを受けてる最中らしい。


 「あの二人から伝言もらっとるでー」


 「会場は暖めておいてやった。偉大な先輩に感謝しろ。だそうだ」


 「んふっ」


 笑かなさいでほしい。

 ここのTVからでも分かるぐらい観客は冷めてるんだが? どこをどう見たら盛り上がってる様に見えるのか。もしかして打ちどころが悪かったりしたんだろうか? これはもうしっかりドクターにチェックしてもらわないといけませんな。あの二人、幻覚が見えちゃってますよ。


 「皇選手! 準備お願いします!」


 そんな事を思ってたらスタッフさんがまもなく試合だと教えてくれた。


 「よっしゃ! バシッとベルト掻っ攫ってこい!」


 「右フックだけは気を付けろ。それさえケアすれば問題ない」


 「あいあーい」


 全員とハイタッチして控え室を出る。

 あーアドレナリンがどぱどぱ出て来た。

 テンションMAX。身体絶好調。

 しかも今回の試合に勝てば、ルトゥールからの楽曲提供。負ける訳にはいかない。


 「先輩達にKOのやり方というのを見せてやりますよ」


 右フック一本のお粗末ボクサーに負けるかってんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る