第19話 試合前


 再び後楽園ホール。

 今日はメインもパッとしないのに、かなりの客入りである。ってか、ほぼ満員なんじゃなかろうか。


 「父さんの効果は凄いな」


 「曲がりなりにも世界チャンピオンだからな」


 控室にて。

 ウォーミングアップも終わって、音楽を聴きながらリラックス。

 このルトゥールってアーティスト? まぁ、歌だけじゃなくて色々やってるけど、その二人組の歌手の歌は凄い落ち着く。

 試合前に聴くにはピッタリだ。


 「ふんふんふ〜ん♪」


 「拳聖は落ち着いてるな」


 「父さんがソワソワし過ぎなんだよ」


 なんで俺より緊張してるんですかね。

 いや、俺も緊張してるけど、程良い緊張感と言いますか。なんか絶好調って感じ。

 これもうどんの効果なんだろうか。もしそうなら凄いよね。最早ドーピングじゃん。


 「良いか。アクシデントには気を付けろよ。特に目元のカットなんてのは--」


 「昨日から10回以上聞いたよ」


 自分のデビュー戦の事があったからか、父さんはかなり気にしてるみたいだ。

 油断なんてしてないけど、ちょっぴりしつこいかなーなんて思ったり。

 俺の事を心配してくれてるのは分かるだけに、あんまり強く言えないんだけどさ。


 「ぼん。そろそろ時間やで」


 「うっす」


 最後にもう一回軽く体を動かしとくかね。

 



 「皇選手! 時間です!」


 「行きますかー」


 こういう時世界チャンピオンとかなら、カッコいいガウンを着たりするんだろうけどさ。

 俺はまだ新米のペーペーだし、ボクサーパンツ一枚での登場だ。

 なんでも自信家はデビュー戦から着たりするらしいけど。ネットでイキリとか言われたくないし。

 炎上にビビってますよ。ええ。


 「皇ー!!」


 「期待してるぞー!」


 会場に入ると大声援に迎えられた。

 デビュー戦だってのにありがたい限りである。

 ほとんどは父さんのファンだろうけど、これからは俺のファンに塗り替えてやる。


 「すはー。これがプロボクサーの空気か。たまんないね」


 「拳聖は大物だな。普通は緊張で縮こまっちまうもんなんだが」


 「緊張はしてるよ。でもワクワクの方が勝ってる」


 一歳の頃に見た父さんの試合の事は今でも鮮明に覚えている。

 あのカッコいい父さんの姿を見て、俺もその舞台に、世界チャンピオンになりたいと思ったんだ。


 試合前にリングアナウンスで俺と小園選手が紹介される。

 小園の選手も結構なファンがいるようで、俺が紹介された時と同じぐらいの歓声が上がっていた。


 「両者リング中央へ!」


 レフリーに呼ばれて小園選手と中央で向かい合う。やっぱり目立つのは筋肉が凄いなぁって事。

 俺も負けてないけどね。しかもここ最近はひたすらボディ打ちされてきたから、腹筋周りなんてどえらい事になっている。

 やっぱり『超回復』は偉大だよ。


 審判からの注意事項を受けて最後に小園選手とグローブを合わせる。

 やっぱりこの人は見た目がおっかないだけで、普通に良い人である。


 「序盤の入り方に注意しろよ。試合になって一気に感覚が変わるなんて事もあるからな」


 「いえっさー」


 父さんに最後のアドバイスをもらって一つ深呼吸をする。そしてマウスピースを装着。


 そして第1Rのゴングが鳴った。

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