第1話 社畜
「おーい。新入り。飯行くぞー」
「うぇーっす」
就職してから一ヶ月。
ようやく仕事にも慣れ始めて、職場の人にも溶け込めてきた。
幼い頃に両親を無くし、幼子を引き取ってくれる親戚も居なかったので、俺は施設に入る事になった。
最初は寂しかったが、それにも段々と慣れてきて中学高校を無難に卒業し、就職したのが土木関係の仕事。
残念ながら俺には学が無かったし、体を動かす事が好きだったので、この仕事は性に合っていた。
初めはヤンキーしか居ないのではと、勝手な偏見でビクビクしていたがそんな事もなく。
親方以外は若い人が多いし、確かに見た目は怖くてヤンキーだらけだが、みんな優しくてかなり可愛がってもらってると思う。
「どうだ? 仕事には慣れてきたか?」
「うっす。でもまだ春だからあれっすけど、夏と冬はやばそうですね」
「ああ。地獄だぞ」
親方や他のみんなと昼飯を食べながら、適当な雑談をする。ラーメン美味しい。
みんな良い人ばかりだし、物価高で日本全体が不景気な中、割と給金も良い。
施設出身にしては上等な所に就職出来たな。このまま長く続けられたらな。そう思っていた。
店を出て現場に戻る最中。
みんなで信号待ちをしていると、赤信号を爆走してくるトラックが俺達に向かって突っ込んできた。
みんなは信号待ちの間、スマホをぴこぴことしてて、気付いてるのは俺だけ。
大声を上げたが間に合いそうにない。
「危ない!!!」
トラックは俺と隣に居た親方目掛けて突っ込んできていた。俺は咄嗟に親方を跳ね飛ばす。
その後、俺も逃げようとしたが何故か足が動かなかった。そしてそのままトラックと正面衝突。
派手に吹き飛ばされ、地面を何回もバウンドした。
「し、新入り!! おい! 救急車だ! 急げ!!」
親方の叫び声が聞こえる中俺は意識を失った。
気が付けば俺はどこかの大きい部屋に居た。
奇跡的に助かったのか。そう思ったけど、何故か体がおかしい。
いや、てか体がない。何故か自分の現状を俯瞰で見れる。俺は白い球体の状態で部屋に漂っていた。
なんだこれ? あ、声も出ないのね。
白い球体。俺は死んだ魂の状態にでもなったんだろうか。なんか高校のクラスメイトがトラックに轢かれると異世界に転生出来るとか言ってた気がする。生憎施設出身の俺は高校卒業までスマホを持ってなかったので、そういうサブカル? には疎い。
死後の世界って事かな?
なんか部屋の中央には書類が山の様に積んである。もしかして死後も働いたりしないといけないんだろうか。そんな事を思ってると部屋に一人の男が入ってきた。
「さーて。今日もお仕事頑張りますかねー。はぁ。中間管理職卒業してーなー」
いかにも草臥れた社畜って感じの三十代後半ぐらいの男性がため息を吐きながら机に向かう。
目の前の白い球体である俺を無視して。
おーい。俺はどうしたら良いんでしょうかー。
あなたの補佐でもするんでしょうかー。
声は出せないから心の中で訴えかけてみる。
すると男はびっくりしたように顔を上げてオレをまじまじと見てくる。
「え? 魂が紛れ込んでるじゃん。久々に見たような? ちょっとちょっとー。管理者の仕事じゃんかよー。なんでここに流れてきてるんだよー。余計な仕事を増やすなよー」
ぐちぐちと文句を言いながら机の中をガサゴソして何かを探してる社畜。
なんか俺が怒られてるっぽい? でもでも気付いたらここに居た訳でして。仕方ないと言いますか。
「えーっと、これか。魂が紛れ込んだ時のマニュアルは…。ふんふん。適当に謝罪して異世界転生とちょっとした特典を餌に下位世界に放り込む。なるほどなるほど。特典は…よしよし。理解しましたよって」
独り言が全部聞こえてるんですが。
適当に謝罪してとか聞こえたら駄目だと思うんだ。でも謝罪があるって事は何かしらのあっちのミスなのかな? 紛れ込んでるとか言ってたし。普通は別な処理があったりしたんだろうか。
「んんっ。よし。やるぞ。えー。迷い込んだ魂よ。こちらに」
なんか急に偉そうな雰囲気を出し始めたけど、もう取り繕うのは無理よ? ずっと独り言も聞いてたし。あなたの事はもう残念な社畜としか思わないよ?
「えーっと。ごめんなさい。理由は分かりませんけど、この管理区画に魂が流れ込んできちゃったみたいです。つきましてはちょっとした特典を付与して異世界に行ってもらおうと思います。異世界ってわかりますか? 私のもっと上の上司が管理してる別世界なんですけど」
俺の残念な雰囲気が伝わったのか、取り繕うのをやめて普通に話してきた。
なんか良く分からないけど、異世界とやらに行くらしい。それ以外に選択肢はないのかね?
なんか又聞きだけど、文明レベルが低い戦争ばっかりの野蛮な感じって聞いたんだけど。
「記憶処理をして現代の輪廻の輪に戻って頂く事も可能ですが、異世界に行った方がお得ですよ? 三つの特典と記憶そのまま行けるんです。現代知識で俺つえーがトレンドなんじゃないんですか? マニュアルにはそう書いてあるんですけど」
生憎そういうのに疎くって。
でも言いたい事はなんとなく分かる。
確かに異世界に行った方がお得かなぁ。
ってか、記憶処理して輪廻の輪に戻せるなら、ここでの問答なんて無しにそうすればよくない?
謝る必要もないんだし。記憶処理したからここでの事も忘れるよね?
「いや、俺にそんな事言われましても…。魂が紛れ込んだらこうするってマニュアルにも書いてあるんで…。まぁ、大方下位世界に新しい風を入れる意味でもあるんじゃないですかね。偶に魂が紛れ込む事はあるみたいなんで、それを利用して。あくまで予想ですけど。それでどうしますか?」
うーん。まぁ、良いか。
異世界でも。体を動かすのは好きだし、冒険者とか? 確かそんなのがあるんだよね? 向こうでそういう一生を過ごすのも悪くあるまい。
「かしこまりました。では特典の付与にうつりますね」
そう言って社畜はまた机をガサゴソ。
そして机の上にドンと置かれたのはコンビニの前に置いてあるようなガチャガチャだった。
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