第2話 ド外道君の述懐と行動:後編
フジカワとレイカはメメトのツレだったな。俺は絡み終わったメメトからさらりと離れ、二人の傍に近付き観察を始めた。
どちらも若い女であるが、むしろ若いという事以外は共通点の無さそうな女たちだった。フジカワはセミロングの黒髪を真っすぐに下ろしていて、何処となくアンニュイな気配が漂っている。ああ確か、「私もそろそろ死について色々考えているんですぅ」なんて事を臆面もなく言って、それで合コンの席に居合わせた男連中をドン引きさせていたか。メメト以上に酔いが回っているらしく、その眼は既にトロンとしている。
アンニュイでおっとりとした雰囲気のフジカワとは対照的に、レイカは何処かきりっとした表情が特徴的な女だった。もしかすると、オレンジ色に近い明るい金髪に染めている所とかでそういう風に判断したのかもしれない。その明るい金髪は中途半端な長さではあるが、後ろで一つにまとめており、後れ毛すら見当たらない。頭を揺らすたびに黒髪がまとわり付き、うざったそうに頭を振ったり指でつまんで調整したりするフジカワとはそれこそ対照的だった。全体的に見て、レイカは気の強そうなギャルと言った風情である。もっとも、そうした性格は俺が愛する時には何の意味も持たないのだけど。
だが、そのレイカという女は、何処か物憂げな表情を見せていた。思案顔と言っても良いのだろうか。
ああごめんねぇ。間延びした声で俺に詫びたのは、レイカではなくフジカワの方だった。
「レイカちゃんってば物静かでしょう。実はね、この子彼氏がいたんだけど……」
「今ここで、彼氏の事なんて言わなくて良いでしょう」
ここでようやくレイカが声を上げる。フジカワの、蜂蜜みたいな甘ったるい声ではない。ちゃんと女の声なのだが、凛として引き締まった声だ。ついでに言えば少し低い。二人の声帯はやっぱり違うのだろうか。覗き見る様子をイメージし、俺は少しだけ震えた。
だがそれ以上に面白いワードも聞けた。彼氏、彼氏か。
「へぇーっ。レイカちゃんには彼氏がいたんだね。でも合コンに顔を出していたのはどうしてなの?」
「彼氏がいたのは過去の事だから」
彼氏持ちだったのに合コンに顔を出した理由。それはレイカの切り捨てるような文言によって半ば明らかになった。なるほどな、彼氏がいたというのは少し前の事で、今はもうその彼氏と別れてフリーという事なのか。
であれば、レイカの何処かよそよそしい態度や、物憂げな表情にも合点がいく。きっと彼氏とやらの事を忘れられずにいて、合コンに出た事について申しわけなさやら何やらを抱えているのだろう。
だがまぁ俺は彼氏がいるだとか、彼氏がいただとかいう事についてはそれほど頓着しないから、俺に愛される女たちには朗報だろう。いや……厳密に言えば彼氏のもたらした影響が残っているのかを見るのが好きだから、まぁ多少は影響はあるけれど。
「ま、彼氏とうまくいかない時だってあるだろうね。でーも大丈夫だって。ろくでもない男だっている訳だしさ。でもねレイカちゃん。君の事はこの俺がじっくり愛してあげるから、機嫌を直してよ」
「……」
レイカは結局何も言わなかった。ただただ射抜くような、いや射殺すような眼差しを俺に向けてきただけである。思った以上に気性の烈しい女だな。まぁそう言う奴も嫌いではないのだけど。
そんな風に思っていると、親しげな笑みを浮かべながらメメトとフジカワが絡んでくる。レイカの事は忘れて彼女らを半ばからかいつつ、この後確実にやって来るであろうお楽しみについて考えていたのだった。
※
宴もたけなわとなった所で、俺は手ずから女たちの飲み物を用意する。フジカワは既に出来上がりつつあった。メメトは飲み物を運ぶのを手伝うと申し出てくれて、レイカは相変わらず不機嫌というか警戒しているようなオーラを出していた。三人とも俺への態度というか挙動が違うのが何とも面白い。この後愛する時も、その事を思い出して中々面白いんじゃあないかと思っている。
青い酒をベースにカクテルを作り、隠し味とばかりに粉薬をサーッ(迫真)と投入する。これでまぁ彼女らも何が何だか解らないうちに眠ってしまうだろう。レイカは殆どオレンジジュースやらコーラばかり飲んでいたみたいだから、もしかしたら酒は飲まないかもしれない。だがこっちもこっちで注射器を用意しているから問題なかろう。
さて、いよいよここからが俺にとってのお愉しみの時間だ。俺はカクテルの入ったグラスを丸盆に載せ、三人の美女たちがだべっているリビングへと歩を進めた。
その後の首尾については、予想通りな事とイレギュラーな事とが半々だったというべきだろうか。まずもってフジカワはすぐに眠ってしまった。というよりも青いカクテルを飲む前から大体出来上がっていたのだけど。レイカは結局カクテルに口を付けようとしなかったから、隙を見て注射器をお見舞いしたら、それでもう昏倒してしまった。ここまでは概ね予想通りである。
予想外だったのは……小娘のメメトを眠らせる事が出来なかったという事だろうか。彼女は確かにカクテルを飲んでいたはずだ。レイカのように飲むのを拒絶などしなかった。どうする? 俺は密かに考えていた。見られていたから注射をするという手は使えない。相手は細っこい少女だ。鳩尾でも殴るか絞め落としてしまおうか。
そんな風に思っている間にも、メメトがじりじりと俺に近寄った。ゆったりとした動きであるはずなのに、何とも言えない捉えどころのなさ、掴み所のなさを彼女は全身から振りまいていた。
「エンジェルショットは私どもには要りませんよう。まぁ、私たちをもう獲物だとロックオンしているお兄さんは、そんなものを用意して下さるとは思えませんけどねぇ」
ねっとりとしたメメトの声には、侮蔑と嘲笑の色がふんだんに入り混じっていた。聞き慣れぬ単語――カクテルの名前なのか――が入り混じっているが、そんな事はどうでもいい。それよりももっと聞き捨てならない言葉を彼女は口にしていたではないか。
「獲物だって? 俺はただ君らを愛してあげたいだけなんだよ」
「ええ。私もその事は存じてますよ――さらった女性をバラして解体した挙句、その肉を喰らう事が愛する事の定義だとするのなら、ね」
表情を変えずに放たれたメメトの言葉に、俺は横っ面を張り倒されたような衝撃を覚えた。何故だ。何故彼女は俺の秘密を知っている? それに彼女の雰囲気も何とも異様だ。人間の小娘とは思えぬ凄味と気配ではないか。まるで獣を相手にしているかのような雰囲気だった。獣と言えば、瞳の形も人間とは違う。黒々とした瞳孔は、横に寝かせたラグビーボールのような形だった。まさしく獣の瞳、それも犬猫の瞳とも全く違う。
いつの間にか、メメトは幾つもの名前を読み上げていた。別にメモなどと持ち合わせている訳では無く、覚えているのをそらで復唱しているのだが。
この名前たちに覚えはありませんか。十数人分の人名(ほとんどが女性名だった)を読み上げると、メメトは小首をかしげて問いかけた。
「そんなに名前をつらつらと言われても、すぐには思い出せないよ」
「予想以上に薄情なお方なのですね……先程の方たちこそ、あなたが先だって愛したという方たちばかりだというのに」
メメトはそういうと、またしても微笑む。薄い唇だけをすぅっと引き延ばすような笑い方で。俺はここで、それまでの笑い方とは全く違う事に気付いてしまった。
かすかな衣擦れの音が鼓膜を震わせる。メメトは腕まで覆っていた手袋を無造作に投げ捨てていた。そこから現れたのは生白い腕だ。華奢な体躯に違わぬほっそりとした腕だ。ただどちらの腕の内側にも、線のような古傷の痕が何本も何本も見受けられた。
「あなたの愛は間違っています。私のような下賤のモノが正しいとか間違っているとかそんな大それた事は言えませんが……まぁ少なくとも世間の認識では、人間様たちでのルールの中では認められるような代物ではありませんね。
それに私も個人的には、あなたのやった事は愛ではないと思うのです。ただただ独りよがりの、自分だけが気持ち良くなるような、そう言う類の自己満足の遊びなんですよ」
ああ、ですが。こわれた人形のような笑顔を浮かべながら、メメトが近づいていく。彼女の白い腕がやけに目立つ。腕に走る白茶けた線はリストカットの痕なのだ。何故かその事に俺は気付いた。
「お兄さん。愛する行為って言うのはね、一方通行ではいけないんですよぅ。誰かを愛して行動を起こすのなら、お相手の気持ちや想いもきちんと受け止めなければいけません。
そこでですね、今回は特別に、お兄さんに愛されたお姉さんたちの気持ちを、お兄さんの脳内に直接お届けしようと思うのです。ふふふっ、別に私は正気ですよぅ。ただ少し、サイコメトリーという能力に……触れた物の思念を読み取るという能力を持ち合わせているだけでございます。その力を応用すれば、触れた相手にその思念を転写する事とてできるんですよぅ」
気が付いたら、メメトは俺の手を両手でしっかりと握り込んでいた。滑らかな、しかしやけに体温の高い手の平である。
直後、俺の脳内に幾つものイメージが流れ込んでくる。それは映像であり、音声であり、そして触感痛覚熱感覚嗅覚味覚などと言った五感全てを総動員したかのような代物だった。
身体じゅうをばらばらにされるかのような感かくに、おれは思わずこえを上げた。そのばにうずくまると、メメトはバカにしたようにおれを見下ろしている。痛い。あつい、からだがこなごなになる……おれが最期にかんじたのは、まっくらなヤミだった。
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