ガールハントの夜

斑猫

第1話 ド外道君の述懐と行動:前編

 大好きな物は、愛する者は知りたくなるのが俺の性分だった。

 その事を知って自覚したのは、小学生くらいの事だったと思う。合体もののロボの玩具。クリスマスプレゼントのゲーム機。ちみっこいのに頬袋がやたら大きくてびっくりしたハムスター。寄る辺ない仔猫。

 俺はかつてそれらを愛していた。今は別のものを愛する事が多いが、愛し方自体は変わらない。おもちゃの部品たちを目の当たりにしたあの頃に、が確立したのだから。


 クリスマス後の合コンだから何がしかの収穫はあるだろうと思っていたが……まさか美女や美少女ばかり三人もお持ち帰りという形になったのは流石の俺にも想定外の事だった。

 だがこのところ、余裕を持ってじっくりと女たちを愛する事からも遠ざかっていた。今回三人の女が俺の部屋――作業場ともいえるし愛の巣ともいえる――にやって来たのも、それはそれでチャンスだと捉えるべきだ。俺の中の冷静な部分がそう語り始めていた。

 そうだ。よくよく考えればこれはチャンスなのだ。三人もいれば向こう半月くらいは俺も彼女らを少しずつじっくりと愛せるはず。秘密の部屋の奥にあった業務用冷凍庫も大分容積が残っていたはずだし。まぁ俺もガールハントには大分慣れてきたから、女三人をさばく事そのものには特段時間なんてかからないんだけどな。


「ちょっとちょっとお兄さん。ずぅっと考え事ばっかりしていたみたいですけれど、大丈夫ですか」


 つらつらと思考の海に沈みかけた俺の心が現実に引き戻される。引き戻したのは一人の女の声だった。甲高くややせわしないその声は外国産の小鳥のようだった。

 俺は女の方を見て、今の状況を静かに思い出す。彼女らは俺と宅飲みを楽しんでいる最中だったのだ。まぁ俺としてはその先にあるお楽しみにばかり意識が向いていて、女たちが何を話しているのか、俺に対してどう思っているのかまでは気にしていなかったが。俺は愛情深い男だから、別に相手の女がどうしようが構わない。たとえマグロであったとしても、だ。腹を割れば誰だって素直な内面を見せる事を知っているから。


「ああ、大丈夫だよ」


 何気ない風を装って、俺は言葉を紡ぐ。こういうやり取りは何ともうざったい。だがそれでも我慢する。愛するための前段階として必要だと解っているから。ピーチクパーチク小鳥のようにさえずる女たちや、猿のような男たちよりも俺は大人なのだ。

 さて俺に話しかけてきた女であるが……彼女は三人の中で全体的にちみっこい。いっそ少女と言っても通用しそうな風貌でもあった。もっとも、合コンの場でカクテルの類を啜っていた事を思うと、見た目通りの少女ではないのだろうけれど。

 こいつは何て名前だったっけ。そんな事を思っている間にも、少女がにじり寄って来る。うふっ、うふふふっ、と奇妙な塩梅で少女から笑い声が漏れていた。


「お兄さんも少ぅし酔いが回ってきたんでしょうねぇ。あの居酒屋での合コンでも結構お酒を飲んでたみたいですし。ああそれとも、そうじゃなくてお兄さんの所に私ら三人がやってきて、皆美女ばっかりだから目を回しちゃったんですかねぇ」


 少女はそう言ってケラケラと笑っている。きっとこいつの脳内は既にアルコールに侵蝕されているのかもしれない。普通の脳と、アルコールで酩酊した脳には何がしかの変化があったのか。それは見て判る物だったのか……俺は少しだけ考えて、かぶりを振った。今ここで考えるべき事ではないと、考えを切り替えたのだ。


「メメトちゃん、だったっけ。友達の事はさておき、自分の事もしれっと美女だって言うなんて、中々の自信家なんだねぇ」

「私は見た目だけの女ですからねぇ。中身がちょっとばかしアレな所があるって自覚があるものですから、せめて外面だけは良い感じにしておこうと思っている次第なんですよぅ」

「そんなそんな、そこまで自覚があるんだったらさ、メメトちゃんも悪いヒトなんかじゃあないと思うけどなぁ。それに俺、外面が良いとかそんな事は気にしないから。そりゃあまぁ、俺だって愛する女の子の中身はめちゃくちゃ気になるけれど……でも俺の愛し方は他の人とは違うって事は俺でも解ってるからさ」


 メメトと名乗っていた少女の肩にさり気なく腕を回し、俺は持論を囁いていた。ショートボブのメメトの淡い金髪が揺れ、明るい琥珀色の瞳が揺れている。金髪はまぁ染めているのだろうから別に良い。瞳の方はカラコンでも入れているのだろうか。それも後で確認する手立てはいくらでもあるのだけど。

 それはそうと、メメトはどう思っているのだろうか。俺は様子を窺っていた。俺の愛し方に異を唱える者も過去にはいたし、それどころか怒り狂って暴れたり逃げ出そうとしたりした手合いもいる。

 ましてや今回は仲の良い女が三人もいるのだ。女と言えども暴れた時の破壊力やら何やらは馬鹿に出来ない。ましてやあとの二人もメメトと結託する可能性が高いのだから。

 そんな風に思いながら様子を窺っていると、メメトの唇がゆるりと動いた。淡い桜色の唇は、まさしく花のつぼみのようだった。


「うふふふっ。お兄さんってば本当に面白くて知的なお方ですね。それでいて愛するだなんて言葉を臆面もなく仰るとは……中々にロマンチックなお方だとお見受けいたします。

 ええ、ええ。良かったですわ。お兄さんの情熱的な一面を知る事が出来たんですから。その事が無ければ、さっきの居酒屋での合コンなんて、くそつまらない暇つぶしにしかならなかったんですから……

 フジカワさんやレイカさんだって、同じ事を思っておいでだと私は思いますよう」


 メメトはそう言って笑い、思い出したようにグラスの酒を呷っている。中々に愉快で軽薄な小娘だ。その軽薄ぶりは彼女が身を震わせる度に伝わってくるようだった。

 俺はそんなメメトの肩や背を撫でながら、フジカワやレイカの方にも視線を向けるのだった。

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