とある老人


私は、冷蔵庫である。


今度の私の家族(持ち主)は、独り暮らしのおじいさんである。


最初の家族が賑やかだったので、何だか静かで寂しい生活になりそうである。




「この歳になって、新しく冷蔵庫を買い直すのも何だと思ったが、以前使っていた冷蔵庫が壊れてしまったんで仕方ない。今日から、よろしくな。」


おじいさんは、そう言って、シワシワな手で、私の白い身体を優しく撫でてくれた。


「ワシは、ばあさんに先に逝かれてしまって……子供もおらん。身寄りもないし、寂しい独り暮らしだ。」


おじいさんは、私に、よく話し掛けてくれた。


寂しい生活どころか、私は、毎日、おじいさんの話を聞くのが楽しみで仕方がなかった。




「今日は、買い物に行ったがレジで支払う時に、お金を出すのが遅いや、ヨタヨタ歩くな、邪魔だと若いもんに怒鳴られた。年寄りは、買い物をする事も許されんのかのぉ。」


寂しそうに、私を撫でながら、おじいさんは、そう言った。


私には、人間の世界は分からない。


けれど、何だか、おじいさんが可哀想。




「今日は、階段を上っていたら、段につまづいてな。膝を打って、しばらく動けなくて、その場に、しゃがみ込んでいたら、チッと舌打ちされたよ。」


ああ、私が人間ならば、おじいさんを助けてあげるのに。


おじいさんを支えてあげれるのに。


ああ、おじいさんの役に立ちたい。




「今日は、老害と呼ばれたよ。ただ、公園のベンチに座っていただけなのに。……なんもしとらんのに。」


人間というのは、面白い生き物だと思っていたけれど、冷たいのだな。


おじいさんを抱き締めて、暖めてあげたいけれど、私は、冷蔵庫……私では、暖める事は出来ない。




「……ワシは、もう死にたい。生きていても何の楽しみもない。だが、身体が丈夫で病気にもならん。どうしたら、死ねるかの?」


私は、おじいさんを支える事も暖める事も出来ないけれど……役には立てるかもしれない。


おじいさん……冷蔵庫の中は、空っぽだよ。


私が包んであげる。


汚い世の中から、おじいさんを守ってあげる。


私がそっと、扉を開けると、おじいさんは、一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに、にっこりと笑った。


「そうか……そうだな。ありがとう……。」


おじいさんは、最後に私を優しく撫でると、私の中に入り、扉を閉めた。




私は、暖める事は、出来ないけれど、おじいさんの心臓を止める事は出来る。


この冷気で。


優しい、おじいさん。


私の中で、おやすみなさい。




永遠に…………。






私は、冷蔵庫である。


今回は、ちょっぴり切ない気持ちになったけれど、おじいさんの役に立てて幸せである。


私は、再び、店頭に並んでいる。


次は、どんなドラマが見れるだろう?






とても、楽しみだ。










ー【完】ー

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