第13話 秘密
「ネコ・・・」
「ネコの姿をしたアテナ様です」
二人の間に沈黙がおりた。
「シグルド久しいわね、あなたに魔法をかけて以来だから10年ぶりくらいかしら」
突然ネコが人の言葉を喋ったのでシグルドは目を見開いて驚いた。
「リリアが言っていたことは本当よ。貴方って本音をうまく喋れないから、いつも誤解されてばかりでしょ?このままだときっとリリアともうまくいかないと思って、勝手ながら魔法をかけちゃいました」
相変わらずアテナは明るい。シグルドに真実を告げる口調も軽やかだ。
「まさか建国神話に出てくるアテナ様にお会いできるとは・・・。ご加護を感謝いたします。少々・・・いえ、非常に恥ずかしい思いをしましたが、愛するリリアと心を通じることができたのは貴方様のおかげです」
シグルドは跪いてリリアが抱く猫の姿のアテナに深々と頭を下げた。
リリアは特に戸惑いもなく、シグルドが自分の言葉を信じてくれたことに驚いて尋ねる。
「シグルド様、すぐ信じてくださって嬉しいのですが、どうして疑いもなく信じてくださったのですか」
シグルドはリリアの問いにはっきり答えた。
「リリアは嘘をつく人間ではない。それにその方は見た目はネコの姿だが、人の言葉を話している。普通のネコは人の言葉を話すことができない。それができるとしたら女神くらいだろう」
リリアはシグルドが自分を心の底から信頼してくれていることに感激してリリアを優しく抱きしめた。
「女神アテナ様、私の不甲斐なさでお手間を取らせたこと、申し訳ございません。ですがこうしてお会いできて光栄です」
シグルドは恭しくアテナに話かけた。
「私も成長した貴方に会えて嬉しいわ。性分以外はいい男になったわね!」
アテナはそう言うと、ふわあと欠伸をして、
「ここに来るのに力を使ったから疲れたわ。帰る時の力も残しておきたいからもう去るわね」
そう言うとニャアと鳴くとアテナは夜の闇にとけて消え去った。
アテナが去った後、シグルドとリリアは二人見つめあい、
「リリアには私の心が聞こえるなら、もう隠す必要もないな。私は君のことを天から遣わされた天使だと思っている。そして、優しく美しい其方のことを心の底から愛しているのだ」
シグルドは真面目な顔でリリアにそう告げた。
「存じております。シグルド様」
リリアも真っ直ぐにシグルドを見つめて答えた。
「今日手袋をつけているのも、生身の私が其方に触れる事で其方を穢すことが怖かったのだ。意気地のない男と笑ってくれていい。それくらい其方は私にとって特別な存在なのだ」
苦笑いしながらシグルドは手袋に包まれた手でリリアの手を握った。
リリアは少し考えて、答えた。
「そのように思っていただいていたのは嬉しいのですが、私はシグルド様に触れてみたいです。まず指先だけでも触れ合ってみませんか?ガラス越しに指先を合わせるようにそっと・・・」
シグルドは苦悩している様子だったが、そろりと手袋を外した。
リリアがシグルドの前に手を差し出すと、指先だけがそっと触れ合った。
(シグルド様の指先、とても熱いわ・・・。それに鍛錬されているからかしら、とても硬い)
リリアはシグルドを見上げると、シグルドは顔中真っ赤にして苦悩する表情になっていた。
「柔らかくて少し冷たいな・・・。夜風にあたって冷えてしまったのか。ああ、私の手がリリアに触れている・・・夢のようだ」
リリアはクスクス笑って
「その冷たさが夢でない証拠です。私もシグルド様と触れ合えて嬉しい」
リリアがそう言うと、シグルドは苦悶の表情で指先をはなすと、手袋をはめ直してリリアの手を包み込んだ。
「体が冷えている。これではリリアが風邪をひいてしまうから広間に戻ろう」
リリアはシグルドにそう言われて、自分の体が冷えきっていることに気づいた。
「お気遣いありがとうございます。春先で気温が上がってきましたが、夜風は冷たいですね、シグルド様と一緒にいるととても暖かい気持ちになるので、今まで気付きませんでした」
リリアがそう言ってシグルドに話しかけると
「うっつ・・・リリア、頼むからあまり可愛いことを言わないでくれ。心臓が止まりそうになる。今は私の別の声は頭の中に聞こえているか?」
シグルドは本心を喋っているせいか、頭の中に声は聞こえてこない。
「シグルド様ったら、そんな風におっしゃっていただけるなんてとても嬉しいです。本当の気持ちをおっしゃって下さっているから頭の中の声は聞こえません」
「そうか!今私は本心を伝えられているのだな。今までは周囲の期待に応えるべくなるべく言葉も選んで喋っていたから、だんだん本心を口に出すことが出来なくなっていたのだ。リリアにも同じことをしてしまっていたのだな・・・すまない。アテナ様がいらっしゃらなかったら、私は其方の指先に触れることも叶わなかったということか・・・。女神様にはいくら感謝してもし足りない」
饒舌に話すシグルドを見てリリアは思った。
(本当のシグルド様は饒舌で暖かいのね、そう、オルド陛下のよう。二人は似ていないともっぱらの評判だけど、本当は似たもの親子なのだわ)
「さあリリア、広間に戻ろう、そしてまた踊ってくれるかい?」
シグルドは満面の笑みを浮かべてリリアに語りかけた。
「もちろんです。私ももっと踊りたいと思っておりましたから。踊って休んでまた踊って・・・一緒に舞踏会を楽しみましょう」
リリアは笑顔でシグルドの手を取ると一緒に歩きはじめた。
歩調は相変わらずリリアに合わせてゆっくりした歩みだった。
(シグルド様がお屋敷に来て下さった時もそうだったわ。いつも私を気遣ってくださる。なんてお優しくい方なのかしら)
そう思うとリリアはどうしてもお礼を言いたくなった。
「シグルド様、ありがとうございます」
「突然どうした?私は礼を言われるようなことをした覚えはないが」
シグルドはポカンとした表情をしてリリアを見つめてきた。
「初めて我が家にいらっしゃった時も、今も、いつも私の歩調に合わせて下さって、ありがとうございます。そのお心遣いが暖かくてとても嬉しいのです」
シグルドは無意識に行なっていたことだったようで、リリアの言葉に驚いていた
「いや・・・。歩くリリアの横顔をこっそり見るために歩調を合わせていただけだから、勝手に横顔を盗み見てすまなかった」
「それでも・・・。見られることは、ちょっぴり恥ずかしいですけれど、私のこと思ってして下さったこと、凄く嬉しいです」
リリアは微笑んでシグルドの足元を見ると、リリアの歩幅に合わせてそろりそろりと歩いていてその様子が微笑ましくてリリアはまた微笑んだ。
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