第12話 秘密

今日は空に満月が浮かんでいるため、夜の庭園が明るく、そぞろ歩きするにはぴったりだった。                                

                                           

「シグルド様、私と昔会っていたと言うのは本当のことですか?」           

                                       

リリアの手を引くシグルドは無言で黙々と歩いていたが、ポツリポツリと話し始めた。                                          

                                           

「会っている。其方が6歳の頃、私は11歳。丁度今と同じ季節だった。母上を亡くして誰にも見られないように、庭の隅で隠れて泣いている私を其方が見つけてくれて、抱きしめて慰めてくれたのだ。自分の母の余命もいくばくないという状況にもかかわらず・・・。その時の其方の笑顔が今でも忘れられない。あの時私は君に恋に落ちたのだ」              

                                            

”本当は僕が君を慰めてあげないといけなかったのに、逆に慰められた、あの時から君は僕の天使になったのだよ”


リリアとシグルドの母が病にかかった頃、王国では妙齢の女性ばかりが罹患する奇病が流行していた。二人ともその病気で命を落としたのだ。                         

                                                                                     

シグルドはリリアを握る手に少し力を込めて、しっかりと握り締めて続けた。               

                                           

「それからすぐにアルベルト殿に其方を私の許嫁にと書簡を出したが、母君のこともあって断られ、なぜかすぐにカタリナが私の許嫁に決まってしまったから、君にはその時以来会えなくなった。私はそれでも諦めきれず、カタリナに事情を話して共犯者になってもらったのだ」

                                           

”断られてショックだったんだよ。夜眠れなくなって大変だったんだ。そんな時カタリナに出会った。彼女は良い子だ”                                  

                                          

カタリナの名前が出てリリアは驚いて尋ねた。                    

                                           

「共犯者?カタリナ様とシグルド様は一体何をなさったのですか」               

                                           

シグルドはリリアの歩調に合わせて庭園を歩きながら続けた。                

                                            

「私はどうしても其方と婚姻したい。カタリナは婚姻せずに夢を追いかけたいと言う望みがあった。私たち2人は夢を叶えるための仮初の婚約を結んだのだ」     

                                           

”僕はリリア一筋。カタリナのことは戦友だと思っている”

                                         

シグルドはいつもの寡黙さが信じられないくらい饒舌に話し続けた。           

                                           

「リリアと婚姻を認めさせるためには、アルベルト殿が納得するような男にならねばならなかった。文武両道、清廉潔白で人々から支持を得るような王太子になれば婚姻について考えなくもない。とアルベルト殿は言った。だから私はそれに答えてアルベルト殿が望む人物になったのだ」                                

                                          

”リリアの父君の言うことはもっともだ。天使を妃にと望むのだからそれくらいのことが出来ないと、天使に相応しくない”

                                         

リリアはそこまで聞いて涙が溢れてきた。                         

                                        

(シグルド様は私のためにそんな努力をなさってくださっていたの?それなのに私ったら、シグルド様のこと冷血だとか恐ろしい人だとか失礼なことばかり考えていて、恥ずかしいわ)                                  

                                           

「シグルド様・・・、申し訳ございません。そんなに思ってくださっていたのに、全く気付かずにいるなんて、なんてひどいことを」                    

                                            

リリアがハラハラと涙を流し始めたため、シグルドは歩みを止めてハンカチを取り出し、リリアの溢れ出る涙を優しく拭った。                    

                                           

「其方は幼かったから仕方がない。あの時私にくれたお守りは今も肌身はださず持ち歩いている」                                  

                                           

”リリアは泣いている僕を慰めるために君の宝物をくれたんだよ”

                                         

そう言うとシグルドは胸元からお守り袋を取り出し、小さな革製の袋から宝石のついた髪飾りを取り出した。                           

                                           

リリアはそれを見て驚いた                                 

                                          

「それはお母様から頂いた髪飾り!」                       

                                          

シグルドが取り出した髪飾りはリリアの母が愛用していたものだったからだ。                   

                                              

幼いリリアはその髪飾りが大好きで、伏せがちになったリリアの母が、リリアを元気付けようと与えたものだった。                                     

                                          

「私はいつか全ての秘密を打ち明けて、この髪飾りをリリアに返すために尽力してきたのだ。今日ようやくそれを果たすことができて嬉しい」

                                           

”愛しいリリア、ようやく僕の秘密の全てあかせて嬉しいよ、愛している”                

                                          シグルドはそう言うとその髪飾りをリリアの髪にさした。             

                                          

「お母様・・・」                                  

                                           

リリアはその場にうずくまって咽び泣いた。                         

                                         

そんなリリアをシグルドは力強く抱きしめてくれた。


トクトクと脈打つシグルドの心臓の音は子守唄のようで、リリアはその音に心を癒されていた。                                                                                 

                                          

しばらく泣いた後、落ち着いたリリアはシグルドに包まれる心地よさにうっとりしながらつげた。

                                          

「この髪飾りがシグルド様のお守りだったのですね、それではもうシグルド様のお守りがなくなってしまいます。代わりになるかわかりませんが、これをシグルド様に」                                          

                                           

リリアは左手の小指から銀製のシンプルな指輪を抜いてシグルドに手渡した。    

                                          

「この指輪は私が銀職人に教わりながら作ったこの世で一つだけのものなのです。どうでしょう?お守り代わりになりますか」                      

                                      

シグルドは少し驚いた顔をして、ふっと一瞬だけ柔らかい表情になり、答えた。     

                                           

「もちろんだ。これからはこの指輪を私のお守りにしよう。リリア、ありがとう」    

                                           

”左の小指につけていた指輪をくれるなんて、何だか赤い糸で繋がったようで嬉しいな。ありがとう、リリア”                              

                                          

シグルドは嬉しそうに指輪を皮の小袋にしまった。                 

                                          

(シグルド様は秘密を打ち明けてくださった。今度は私が秘密を打ち明けないとフェアじゃないわ)                               

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