第11話 ワルツ
「皆聞け。私とリリアは婚姻することが決まった。婚姻の日取りはおって報せる。今日はリリアのお披露目のための舞踏会だ。ゆるりと過ごすが良い」
シグルドはそう言うとリリアに向き直って、手を差し出した。
「踊るぞ」
”皆んなの前で緊張しちゃうけど、リリアと踊りたかったんだ。そのためにずっと練習も頑張ったし、男らしくリードしてみせるぞ”
アテナから彼の心の声について聞かされていたから、今日のリリアは落ち着いてシグルドの相手ができていた。
「はい、喜んで」
そう言ってリリアはシグルドの手を取ると、広間の中央に躍り出た。
二人の動きに合わせてオーケストラが優雅な曲を演奏し、それに従うように参加者たちもワルツを踊り始めた。
美しいシャンデリアがキラキラと煌めく中、踊るドレスは花のようにひらひらとひらめく。
リリアは舞踏会に参加しても一度もワルツを踊ったことがなかったため、楽しくてはしゃいでシグルドに笑いかけた。
「シグルド様、私ワルツを踊るのは初めてなのです。お稽古ではもちろん踊りましたが、舞踏会で実際に踊るのはシグルド様が初めてなのです。踊るのってとても楽しいのですね」
「そうか」
”んっぐう!リリアの・・・リリアの初めてのダンスが僕とだと!なんてことだ!嬉しすぎて泣きそうだ”
シグルドは一言発すると、いっそう険しい顔になって黙々とステップを踏んでいた。
(ああ、シグルド様本当は泣き虫さんなのかしら?涙を堪えるためにお顔が厳しくなるのね。ふふ、それが分かるととても可愛らしいわ)
リリアはシグルドと踊るのが楽しくて時間がたつのも忘れそうだったが、3曲踊ったところでシグルドに促されて部屋の隅に置かれたソファに座らされた。
「しばし休め、何か飲み物を持って来させよう。ルカ」
”急に沢山踊ったもんね。疲れたでしょう。僕ももう少し踊りたかったけど、リリアの体が心配だから休もうね”
リリアは興奮していて気づかなかったが、確かに初めてのダンスに体が疲れて少し気だるい。
「シグルド様、気遣ってくださってありがとうございます。確かに少し疲れていたみたいです。でも本当に楽しかった。シグルド様は講師の先生よりも踊りがお上手なので驚きました」
リリアは笑顔でシグルドに語りかけた。
「できて当たり前だ」
”はわわ。すごく褒められてる。どうしようどうしよう。嬉しくて顔がニヤけちゃいそう。気合いを入れないと”
シグルドはそう言うと眉間にシワを寄せてフイとそっぽを向いてしまった。
「お飲み物をお持ちしました」
そこにルカがやってきて、リリアとシグルドに炭酸水を手渡した。
「私はまだお酒が飲めませんが、シグルド様はお酒でなくても宜しいのでしょうか?」
リリアが質問するとシグルドは炭酸水を一気に飲み干し
「今日は酒の気分ではない」
”お酒を飲みすぎて失敗しちゃったら恥ずかしいし、今日はアルコールは取らずに過ごすぞ!リリアの前ではカッコいい僕でいたい”
シグルドがあまりに可愛いのでリリアはふふと笑ってしまった。
「あ・・・。失礼しました。その、今の笑いには深い意味はないのです。申し訳ございません」
(心の声のことは私しか知らないのに。シグルド様があまりにも可愛らしくて笑ってしまったわ。注意しないと)
「そうか」
”鈴が転がったような可愛い笑い声だった。よし!頭に焼き付けたぞ。ああ、もっと笑ってくれないかな。可愛いリリア”
シグルドは相変わらず口数少なくて、気づけば周りの人々は気遣わしげに二人をチラチラと見ていた。
「リリア様が話しかけてもあんなにそっけないなんて、やはり今回の婚姻はリーンデルト家との繋がりを深めるためのものなのね」
「お可哀想なリリア様。あんな様子ではお子を望むのも難しいのではないかしら」
「ああ!冷酷な殿下でなければ今すぐにでもリリア様の元に駆け寄って攫ってしまうのに。相手が悪すぎる」
ヒソヒソと周りの人々は好き勝手なことを囁いている。
(シグルド様は皆が思うような方ではないのに、なんだか悔しいわ。本当はお優しくて私を愛してくださっていること、皆んなの前で大声で叫びたい。でもそんなことをしたらただ気が触れただけだと思われてしまう。それはお父様とお兄様にご迷惑がかかるから駄目だわ)
そんなことを悶々と考えていた時、広間の入り口がざわついた。
ルカは素早く様子を見るために広間の入り口に向かったが、一人の男性と一緒に戻ってきた。
「父上、本日はお越しなる予定ではなかったはずですが」
”え!父上がどうしてここに?何か用事かな?”
シグルドがそうといかけた相手は、オーロランジェ王国現国王のオルドだった。
リリアは素早くオルドの前に跪き、
「お初にお目にかかりますオルド陛下。リーンデルト家のリリアでございます」
「良い、顔をあげよ。リリアか、大きくなったな。お前は覚えていないだろうが、君は幼い頃に何度か登城して私とも会ったことがあるのだよ。もちろんその時にシグルドとも出会っている」
オルドは驚きの真実を口にした。
「私がシグルド様とお会いしていた?初めて聞きました。この前の我が家への訪問が初めての対面かと思っておりましたが違ったのですね」
「アルベルトから聞いてないかい?ああ、あの頃は私の愛しい妃がなくなり、そなたの母も伏せって余命いくばくもない状態だったからな。何より君はたった7歳と幼かったから覚えていないのだろう」
オルドはそう言って気遣わしげにリリアを見つめた。
「美しくなったな。君は髪の色と瞳の色は父譲りだが、容姿は君の母と生き写しだ。アルベルトとアルルが溺愛するのも分かるなあ。私も妃によく似た娘のナディアをついつい甘やかしてしまうから」
オルドはシグルドと違ってとにかく明るく穏やかで、国民からの支持のあつい方だった。
見た目は赤い髪と赤い瞳、容姿も似ているのに、まとう空気が違い過ぎて親子に見えなかった。
(お母様が伏せっていた7歳頃の記憶はお母様の痩せ細っていく手くらいしか覚えていないのよね。特にお母様が亡くなった前後は記憶が全くない。その頃にお会いしたのかしら)
リリアはゆっくりとその頃のことを思い出そうとしたが、頭に霞がかかったように思い出せなかった。
「父上、あの頃のことを話すのは酷です」
”リリアが苦しむことは思い出さない方がいい。どうかそっとしておいてあげて”
シグルドも助け舟を出してくれた。
「リリアは疲れているため、御前を失礼します」
そう言うとシグルドはリリアの手を掴んで庭に向かって歩き出した。
そんな二人の背中を眺め、オルドは呟いた。
「頑張れ、我が息子よ」
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