第10話 舞踏会

いよいよ舞踏会の当日になり、リリアはシグルドから贈られたドレスに身をつつみ、程よく煌めく装飾品を身につけた。                      

                                         

ドレスは薄水色で首元まで隠れるレースが施された肌の露出が少ないものだった。     

                                           

「最近の流行は胸元が空いたものですのに、シグルド様から頂いたものは全て露出が少ないものばかりですね。きっと他の殿方にリリア様の肌を見せるのがお嫌なのでしょう」                                  

                                          

チェルシーは微笑みながらそう言うと、鏡台の前に座るリリアの髪を結い始めた。  

                                            

「そう思う?私も今の流行のドレスは苦手だったからこれくらい控えめなのが嬉しいの。シグルド様は私を思ってドレスを選んでくださったということかしら」    

                                           

リリアが不安そうな様子でそう尋ねてきたので、チェルシーは慰めるような口調で、                                         

                                          

「もちろんそうに決まっておりますわ。そう、殿下はちょっとお顔が厳しいだけで内心ではリリア様を慕っておいでだと思います」                   

                                        

前回訪れたシグルドの態度を見てチェルシーは確信していた。              

                                            

(あんなに真剣な眼差しでリリア様をずっと見つめていたのですもの。口とお顔に出さないだけでシグルド様はリリア様を愛しているに違いない)             

                                         

チェルシーは仕上げにバラの髪飾りをさして                      

                                         

「さあお嬢様、お支度はととのいましたのでお城に向かいましょう」           

                                            

そう言うとチェルシーはリリアの手をとって馬車まで見送った。           

                                           

「行ってくるわ、帰ってきたらまた話を聞いてね」                  

                                      

リリアは心の底から不安で溢れていたが、チェルシーを心配させないように微笑んで手を振った。                                   

                                          

馬車が走り始め、リリアは窓から外の景色を見ながら考えた。              

                                         

(ついに私が妃となることが国中に知れ渡る。そのうえカタリナ様とも対面することになるなんて、ああ!なんて日なの。不安で心がパンクしそうだわ)        

                                           

しばらく馬車に揺られながら思案にふけっていると、王城が見えてきた。     

                                          

(いよいよね。心の準備は大丈夫。しっかりするのよリリア。お父様とお兄様のためにも頑張らないと)                                

                                            

準備のために先に登城しているアルベルトとアルルのことを思いながら、リリアは馬車から降り立った。                                  

                                            

「リリア様ようこそおいでくださいました。シグルド殿下の元にご案内いたします」                                       

                                         

ルカはそう言うと、リリアの前に立ち、恭しく頭を下げた。               

                                           

「ルカ様、ありがとうございます。よろしくお願いします」                        

                                            

リリアは微笑むと、先に歩き始めたルカの後を追って王城に足を踏み入れた。         

                                           

案内された部屋にはシグルドだけでなく、アルベルトとアルルの姿もあった。アルルの隣にはアルルの婚約者のマリア・ジルベルトが寄り添っていた。彼女は柔らかで美しい金髪に黒曜石のような黒い瞳が美しい女性だった。                          

                                          

「シグルド様、本日はパーティーにお招きいただきありがとうございます。そして素敵なドレスと装飾品もありがとうございます。早速身につけてまいりましたがいかがでしょうか」                                  

                                         

リリアは少し照れながらシグルドに尋ねると、シグルドは鋭い目つきで凝視すると  

                                         

「そうか」                                    

                                         

”美しい!それに神々しさが加わってまさに天空から舞い降りた天使のようだ。この姿を皆に見せるのがとても惜しい。自分だけのものにしていたい”

                                           

シグルドは言葉少なにしゃべっていたが、アテナの魔法によって溢れ出た本心がリリアの頭の中に流れ込んできて、リリアはその熱い思いに思わず咽せた。           

                                          

「リリア、本当に綺麗だよ。さすが我が娘だ」                     

                                          

アルベルトはそう言うとリリアに優しく微笑んだ。                     

                                           

「きっと今回のパーティーで一番美しい娘はお前だよ、リリア。マリアもそう思うだろう?」                                   

                                         

アルルはそう言うと隣に控えていたマリアに問いかけた。               

                                           

「はい。私もそう思います。お綺麗ですよ、リリア様」                

                                           

マリアもリリアを褒め称えた。                             

                                            

「さあ皆さまがお待ちです。会場に向かいましょう」                  

                                         

ルカに促されて皆は会場に向かって歩き出した。                     

                                            

アルルはマリアの手をとりエスコートしており、その姿が仲睦まじくリリアは羨ましく眺めていた。                                 

                                          

(私もシグルド様にエスコートしていただきたい。でもこの前、手をひくのも拒絶されたからきっと無理ね)                            

                                           

そう思って気落ちしていると、無言でシグルドがリリアの手をとって歩き出した。    

                                           

「あの・・・。シグルド様・・・」                       

                                          

驚きと喜びでうまく言葉がつむげないでいると、シグルドが振り返ることなく言った。                                      

                                        

「今日の主役はお前だ。私はお前の婚約者。エスコートするのが当然だろう」


”手袋のおかげでリリアの手をとれた。ルカに感謝しないと。でも初めて手をつなげた。嬉しい!”     

                                          

シグルドはリリアのドレスに映える紺色の手袋をはめているおかげで、手をとり歩くことができたのだ。        

                                       

やがて会場につくと、入場係の従者が場内の者達に声高らかに呼びかけた。             

                                      

「シグルド殿下とその婚約者、リリア様の御成でございます」              

                                           

二人が会場に足を踏み入れると、ざわめきがおこった。                   

                                           

「どう言うことだ、シグルド殿下の婚約者はカタリナ様のはずだろう」           

                                          

「リリア様といえばパーティーの高嶺の花で有名なあのリーンデルト家のリリア様のことか?」                                       

                                           

「でもお二人並んだら絵画のように美しいわ。とても素敵」                 

                                          

周りからは様々な声が聞こえてくるが、誹謗中傷はなく、皆驚きながらもリリアのことを認めてくれているようだった。                        

                                            

「背筋を伸ばせ、そして微笑んでいろ。それだけで十分だ」                    

                                         

”緊張しちゃうよね、わかるよ。僕もだからね。でも安心して、何があっても僕がリリアを守るから”

                                           

シグルドはリリアと繋いだ手に力を込めてそう言ってくれたので、リリアは怯えていた心がほぐれて笑顔で会場に入ることができた。 


会場に入ったところで、優雅に扇子をはためかせながら美しい金髪と青い瞳の美しい女性が歩み寄ってきた。                

     

「ご機嫌よう、リリア様。私はカタリナ・ゼルベルと申します。お見知りおきを」                                       

                                         

「ご機嫌よう、カタリナ様。この度は妃教育を引き受けてくださったこと、シグルド殿下から伺いました。ありがとうございます」                 

                                        

そう言うと周りがまたざわめいた。                          

                                         

「元婚約者に教育係を任せるなんて」                         

                                           

「効率は良いが非情なことを、やはりシグルド殿下は冷酷なかただ」           

                                            

「おかわいそうなカタリナ様」                          

                                           

中にいはシグルドに批判的な言葉もあり、リリアはやはりと思った。             

                                           

(そうよね。元婚約者を新しい婚約者の教育係にすえるなんて普通ありえないことだわ。カタリナ様も今は平然とされているけど、心の中では悲しんでいるのでしょう)                                         

                                            

「リリア様、妃教育はとても厳しくてよ。お覚悟よろしくて?」           

                                          

カタリナは扇子で顔を半分隠しながらそう言った。                   

                                           

(カタリナ様の表情が分からないから、どう思ってらっしゃるのか予測できないわ。でもシグルド様の妃になるためには避けて通れないこと。腹を括りましょう)     

                                           

「カタリナ様。どんな厳しいことでも耐えて見せます。どうかご指導よろしくお願いいたします」                                 

                                          

そう言うと、リリアはカタリナがわずかに微笑んだ気がした。                

                                           

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