第7話 ネオ

「王太子と婚姻?それも突然?それは夢ではなく本当の話なのですか」         

                                          

ネオは訝しげに問い返してきた。                        

                                       

(普通はそう思うわよね。私もまだ悪い夢の中にいるような気持ちだもの)

                                         

リリアはそう思いながら事の経緯を簡単に話し始めた        

                                           

「残念ながら真実なの。一昨日申し入れがきて、相手は王太子ですもの。断りようがなくて、すぐに了承のお返事を出したのよ。そうしたら昨日我が家にシグルド様がおいでになって、沢山のプレゼントも贈ってくださって、本当に私と婚姻するおつもりみたい」                                                         

                                           

ネオは気遣わしげな顔でリリアを見つめていた。                       

                                           

「シグルド様か・・・。殿下をそう呼ぶと言うことは婚姻話は冗談ではないんだね。だが殿下にはカタリナ様がいるはずだが、リリア様、そちらはどうなっているのかな?」   

                                          

懸命に素振りする子供達を眺めながら、ネオは尋ねてきた。             

                                          

「それが・・・、カタリナ様との婚約はとうに解消されていたらしいの。詳しい事情は仰らなかったけど、私と婚姻するために別れたわけではないらしいわ」       

                                          

リリアはカタリナのことをネオに説明するとふうとため息をついた。           

                                          

「私は公爵家に生まれてきた身だから婚姻も責務と割り切って生きてきたつもりだったのに、いざ目の前に突きつけられると、戸惑ってしまって。だめね、こんなに意思が弱くては。これからは妃としてシグルド様をお支えしなくてはいけないのに。ネオ様と話していたら、なんだか決意が揺れてしまう・・・。ネオ様にはいつも支えていただいていたから、甘えがでてしまうのね」           

                                         

リリアは力無く微笑み、少し涙が混じった声で呟いた                   

                                          

「ここに来られるのも今日が最後なの。嫌だわ。ずっと今日が続けばいいのに」        

                                          

そっとハンカチで滲んだ涙を拭うリリアの頭の上に、ネオの大きい手のひらがのって、ゆっくり優しく頭を撫でてくれた。                         

                                            

「急な話ですからね、戸惑うのも分かります。リリア様さえよければ私があなたを攫って、どこか遠くの国で暮らしませんか?」                       

                                           

ネオは微笑みながらそう言ってくれた。                        

                                           

(私を励ますためにそんな冗談をおっしゃってくださるなんて、ネオ様は本当に優しい方)                                      

                                           

「ふふ、そうなったらとても楽しそうですね、でもお父様とお兄様のことが気になって、とても大人しく攫われることができなさそうです」                   

                                         

リリアがそう言うと、ネオはうんうん頷きながら                   

                                           

「父と兄を思うその美しい心を俺は心から尊敬します。攫えないのは非常に残念ですが、側で貴女を守る方法は別にありますから。そちらにかけることにしますよ」 

                                         

ネオは少し戯けた口調でそう言うと、リリアを輝く緑の瞳で見つめ、金色の髪をかき上げた。                                      

                                          

「さて、そろそろ素振りは終わりにして、年の上の子達と実践を行いますので、幼い子供達はリリア様が教会の中に連れ行って絵本でも読んであげてください」      

                                          

ネオはそう言うと子供達に近づきテキパキと指示を出した。              

                                         

「リリア様!絵本読んでくれるの?嬉しい!私どうぶつさんがいっぱい出てくるおはなしがいいなあ」                                    

                                         

「ずるーい!私はお姫様の本がいい」                         

                                          

「僕は冒険の話がいいな!この前読んでくれた勇者様のお話」                

                                            

子供達は口々にはしゃぎながらリリアにどんなお話を読んでほしいかねだった。        

                                         

「みんな、一度に読むのは難しいからじゃんけんで順番を決めて読みましょう。今日はいつもより沢山時間があるからいくらでも読んであげるわ」            

                                         

リリアがそう言うと子供達ははしゃぎながら教会の中に駆けて行った。       

                                           

リリアも後を追い、ゆっくりと教会に入って行ったが、その後ろ姿を熱い眼差しで見つめ者がいたことに気付かなかった。                     

                                          

そうしてリリアは幼い子供達に本を読み、ネオは年長の子供達に剣術を教えて、剣術の授業が終わったらお昼休みを挟んで、リリアは子供達に数学や読み書きを教えた。                                       

                                          

「今日はみんなに大切なお話があるの」                        

                                        

リリアはそう言うと子供達を見渡しながらゆっくり話を始めた。                                              

                                          

「私はこの国の王太子であるシグルド殿下と婚姻が決まったの。だから教会に来るのは今日が最後になるわ。でも安心して、勉学の次の先生はもう見つけてお願いしてあるから、これからも数学や読み書き、歴史の勉強は続けられる」          

                                           

その言葉を聞いた子供たちは皆沈んだ顔になり、シクシクと泣き出す子供達もいた。                                          

                                          

年少の子供達は意味が理解できずニコニコしながらお話を聞いてくれていたのもとても切なかった。                                   

                                          

「俺も近く忙しくなるから剣術の授業は別の者に頼もうと思っている。皆んなには寂しい思いをさせてしまってすまないな」                                           

                                          

リリアはネオの言葉に驚いた。                                         

                                               

自分がいなくなった後、ネオが教会に通ってくれたら少しでも子供達の支えになってくれると思っていたからだ。                               

                                            

子供達は大好きだった2人の先生が急にいなくなることを悲しんで教会の生活棟の中には泣き声が響いた。                             

                                           

「リリア様、ネオ様、いなくならないで」                        

                                          

「私たちもっともっと勉強も剣術も頑張るから。だからずっとここにいて」          

                                          

子供達は口々にそう言って二人に抱きついてきた。                     

                                            

「可愛い子供達、私はみんなが大好きよ。でも王家に逆らうことは出来ないの。皆んなのことは離れていても愛し続けるわ」                      

                                          

そう言ってリリアはみんなを抱きしめた。                       

                                              

「お前たちが鍛錬を欠かさず立派な騎士になったら、俺の部下として騎士団に入団して俺の支えとなってくれるか。俺はずっと待っているからな」              

                                          

ネオも子供達を抱きしめながら言い聞かせた。                      

                                              

その後、子供たちは最後なら笑顔でお別れしたいというリリアの願いを必死に叶えようと、笑顔で本の読み聞かせに耳を傾けたり、ネオの体を使った遊びに声をあげて笑って楽しみながら過ごした。                          

                                          

「皆んなそろそろ寝る時間ですよ」                         

                                         

教会のシスターがそう言うと子供達は名残惜しそうに、リリアとネオに別れを告げて寝室へ向かっていった。                              

                                           

そうして静まり返った生活棟でネオはリリアに向かって手を差し出した。           

                                          

「この先はリリア様は妃になり触れることすら叶わなくなる。教会で子供達を指導した仲間として最後に握手をして別れませんか」                   

                                           

その申し出にリリアはネオが自分を仲間として思ってくれていたことが嬉しくて、頷きながら手をそっと差し出した。                         

                                           

ネオは差し出された手を壊れものを扱うように丁寧に両手で包み込み、告げた。  

                                          

「リリア様、俺はこの教会で貴女に出会い、共に過ごせて幸せでした。その幸せな時間を心の糧にしてこれからも生きていきます」                                     

                                           

「ネオ、ありがとう。貴女に仲間と言ってもらえて嬉しかった。どうか元気でいてね」                                       

                                           

リリアは涙をそっとハンカチで拭った。                        

                                         

その時、緩んでいた薄水色のリボンが床に落ちたことにリリアは気付かなかった。      

                                          

ネオがリボンのことを教えようとした時、生活棟にチェルシーが入ってきて、告げた。                                     

                                         

「お嬢様、夜も更けておりますのでそろそろお戻りください」             

                                            

リリアは頷き最後に振り返ってネオを見て、一言告げた                 

                                           

「さようならネオ」                                

                                           

「リリア様もお元気で」                                 

                                             

ネオはそう言って微笑んだ。                              

                                             

リリアは後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り屋敷に帰って行った。             

                                           

残されたネオは床に落ちたリボンを拾い上げるとそっと口付けた。     

                                          

 

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