第6話 先生
リリアは馬車の窓に寄りかかってその光景を目に焼き付けた。
リリアが教会に子供達に勉強を教えるために通い始めたのは12歳の時から。
きっかけはアルベルトが寄付を行っている教会の視察に付き添って出かけた時、大人達の事情など知らない教会の子供達がリリアに絵本をよんでとねだってきたことだ。
周りの大人達は侯爵令嬢であるリリアに絵本を読んでとねだることは恐れ多いと子供達を叱ったが、常々妹や弟に憧れていたリリアは初めて会ったリリアに甘えてくれる子供達が可愛くて、大人達を説き伏せて、笑顔で子供達に絵本の読み聞かせをした。
その時、自分が文字を読み始めた年頃の子供も絵本の文字すら読めないことに驚き、教会の子供達には学習の機会がないことを知った。
(教育の機会がないのなら作ればいいのよ。私が子供達に学問を教えるわ)
12歳のリリアは幼い頃より家庭教師から様々な学問を教えられ、大人顔負けの知識を持っていたが、それがいかに恵まれた環境なのか気がつくと世間知らずな自分を恥じて、人のためになる人間になろうと心に誓ったのだった。
リリアはそれから週に1〜2度は教会を訪れて、文字の読み書きや数学、歴史などの学問を子供達に教えてきたのだ。
馬車が教会の前につき、チェルシーと共に馬車を降りると待ち構えていた子供達が笑顔で集まってきた。
「みんな前回の復習はちゃんとした?今日はテストをして新しい本を読みましょう」
リリアは真新しい本を取り出して微笑んだ。
「わあ!どんなおはしなの?」
子供達の中では幼い男の子が問いかけてきた。
「これはね、オーロランジェ王国を建国した女神アテナ様の建国神話よ。アテナ様はこの世界を愛していたけどずっと長い間一人きりで生きてきたの。寂しくて寂しくてとうとう自分と会話をできる人間を創造した。最初の一人はイリスという青年、アテナとイリスは楽しく暮らしていたけど、日に日にイリスの元気がなくなって最後には食事も食べられなくなってしまった。アテナはイリスを少しでも元気づけようと、もう一人の人間であるオーロランジェを作った。イリスとオーロランジェはすぐに恋仲になり二人の間に新しい命が生まれた。それがニアとゼアの双子だった。愛する家族をえたイリスはアテナに許可を得て小さな島国に自分たちの国を作った。それがここ、オーロランジェ王国」
長い話を要約するのは大変だったが、リリアは子供達がこの建国神話に興味をもってくれる様にゆっくり丁寧に筋書きを話した。
「わあ!じゃあオーロランジェ王国の名前はイリス様のお妃様の名前だったのね、すごく素敵!」
一番年長の少女がうっとりと呟いた。
「そうね、この国は女神アテナの祝福を受けて生まれたイリス様とオーロランジェ様のお二人が始祖となり、その子供のニア様とゼア様が二人を支えて国を発展させて今日まで続いている歴史ある国家なの」
「リリア様、どうして人間が4人しかいなかったのに今はこんなに沢山の人がいるの?」
幼い男の子が不思議そうに尋ねてきた。
「それはね、アテナ様が4人だけの王国では寂しいでしょうと、沢山の人間をお作りになったからよ。そうして全ての力を使い果たしたアテナ様はこの国の中央の地下奥深くに霊廟をつくりそこで眠りについたの」
建国神話は思った以上に子供達の興味を引いたようで、あらすじを話すだけでも目をキラキラ輝かせて話に聞き入ってくれた。
「さあ皆んな、今日はネオ様の剣術指南もあるのでしょう?それが終わったらお勉強をして、終わったら本を読んであげる。今日は特別に遅くまで教会にいることになったから、建国神話を全て読み聞かせてあげるから楽しみにしていてね」
リリアがそう言うと子供達は嬉しそうにはしゃいでリリアを剣術の鍛錬を行う裏庭に連れて行ってくれた。
そこに180センチは超える長身で、全身に厚い筋肉をまとった姿には不似合いな、人好きのする優しげな顔の青年がいた。
「ネオせんせー!!」
リリアが彼の前まで来ると、やんちゃな男の子達がネオと呼ばれた男性にじゃれついて楽しそうにしていた。
「相変わらず子供達に人気ですね、ネオ様」
リリアはその微笑ましい光景を優しい瞳で見つめた。
ネオは子供達に囲まれながらリリアに手を振って挨拶した。
「みんな元気だな。これは剣術を教え甲斐がありそうだ。年長組は今日から木刀で素振りを始めるか」
そう言うと男子達は喜びで大はしゃぎし始めた。
ネオは男女年齢関係なく剣術を教えているため、一番小さい子は3歳でおもちゃの剣で素振りをしてとても微笑ましい姿を見ることができ、荒事が苦手なリリアもネオの授業を眺めるのが好きだった。
「ネオ、少し話があるのだけどいいかしら」
「了解!みんなはここでいつも通り素振りを初めて、きちんと数を数えるんだぞ」
そう短く子供達に指示してネオはリリアの隣に立った。
リリア150センチの一般的な女性の身長しかないため、ネオと話すときはいつも見上げて話さなければならなかった。
「ネオ、実はね、私の婚姻が決まって今日が教会に来れる最後の日になってしまったの」
その言葉を聞いた途端、ネオの優しい顔が憂い顔に変わった。
「そんな急に・・・。相手は誰なんですか?」
「王太子のシグルド様・・・」
その答えにネオは絶句した。
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