第5話 2人の出会い

庭園内のテラスは派手すぎない優雅な彫刻が刻まれ、艶やかな白い石造りの品良い造りでリリアのお気に入りの場所だ。          

                                          

支柱には一重咲の青いバラが絡みつき美しい花が咲いていて、テラスの中は甘い香りでつつまれていた。                                  

                                            

「シグルド様、こちらにお掛けください」                     

                                         

リリアはシグルドに席を勧めて、彼が椅子にかけた後に自分は反対側の椅子に腰掛けた。        

                                         

テーブルにはスコーンとそれにつけるための数種類のジャム、バターのきいたクッキー、甘い香りのフィナンシェ、香り高い紅茶が並んでいる。                

                                            

「どうぞお好みのものをお召し上がり下さい。お口に合うといいのですが」        

                                         

控えめにリリアがお菓子を勧めると、シグルドはフィナンシェをとり一口齧った。   

                                           

「腕がいい」                                   

                                           

”すごく美味しい!こんなに美味しいもの王宮でもなかなか食べられない!もっといっぱい食べたいな”

                                          

リリアの頭の中にシグルドの声が響き、彼がお菓子を気に入ってくれたことに心底安堵した。                                    

                                         

リリアは淑やかに紅茶を飲みながら必死に話題を探して庭園を見渡した。        

                                             

「お前はこの国をどう思う」                            

                                          

”リリアはこの国が好きなのかな?僕はすごく好き、肥沃な大地に優しい人々、活気のある街、心の底から守り抜きたいと思っているんだよ”

                                         

シグルドの突然の問いかけに驚きつつ、リリアは言葉を選んでゆっくり答えた。      

                                             

「私はこの国を愛しております。お父様やお兄様がいらっしゃって、教会の可愛い子供達、優しい街の者たち。全てが愛おしいです」                    

                                         

「そうか。ならば妃となったらその者たちを守るために尽力するといい」            

                                            

”リリアも同じ気持ちなのだね、嬉しいなあ!これって相思相愛ってことなのかな!”

                                             

シグルドは心からこの国を愛している。                         

                                              

リリアはそれがとても嬉しかった。                             

                                          

「この国は交易と観光で栄えていて、人々の出入りも多い故、軽犯罪も多い。そのことが憂いだ。だが、幸いにこの国で生まれる人間は女神の加護があり他国にくらべて身体能力に優れている。それ故騎士団の質も良い。王妃になれば命を狙われる機会があるだろうが、お前の身はしっかり守られる。安心せよ」                        

                                         

”リリアはしっかり守るよ!だから安心してお嫁に来てね!”

                                           

シグルドは珍しく口数多く話してくれた。                         

                                          

「王妃になる以上、そのことは覚悟しておりますし、騎士団の方達を信じております。ですが、一点どうしても確認したいことがございまして・・・」         

                                        

リリアは緊張しながら今回の婚姻の一番の懸念を問うことにした。             

                                            

「シグルド様はカタリナ様を愛しておいででしたのに、どうして婚約を解消してまで私と婚姻を結ぶことになったのでしょうか。やはり、我が家の権力が影響しているのでしょうか。でしたら、カタリナ様に申し訳が立ちません。シグルド様がカタリナ様を愛しておいででしたら、今からでも遅くありません。どうかカタリナ様と婚姻してください」                                   

                                        

リリアは必死にそう言い募ると、シグルドの表情がどんどん険しくなっていった。    

                                          

「カタリナと私はそのような関係ではない。確かにリーンデルト家の力は我が王家のためになる。だが今回の婚姻には直接関係はない」           

                                          

”カタリナとのこと誤解されてる!カタリナは良い幼馴染だがそこに恋慕はない!幼い頃から愛していたのはリリアだけだよ・・・。どうしよう、泣きそう。涙を止めないと”

                                         

シグルドはそういうとそっぽを向いて庭の花を睨むように眺めはじめた。               

                                            

(今、幼い頃から愛しているとおっしゃった?シグルド様とは本日が初対面のはず。どうして私の幼い頃をどうしてご存知なのかしら)                               

                                                        

「あの・・・失礼ですが、私とシグルド様は本日初めてお会いしましたよね」        

                                            

恐る恐るリリアが尋ねると                                

                                          

「ああ」                                     

                                        

”天使は覚えていないのか・・・。幼かったから無理はないよね。でも寂しいな、私はあの日のことをずっと忘れていないのに”

                                          

(あの日のこと、一体なんのことかしら)                       

                                            

いくら考えを巡らせても何も思いつかなかった。                       

                                            

するとシグルドは残りのフィナンシェを一口で頬張り、紅茶を一口飲むと立ち上がった。                          

                                            

「執務がある故帰城する。式の日取りは追って知らせる」                   

                                             

”ダメだ、天使に忘れられていることがショックすぎてお茶の味もお菓子の味もわからない。泣きそうだしすぐにこの場を離れなければ情けない姿を見せてしまう”

                                         

そう言うとテラスにリリアを残して早足で歩き去ってしまった。              

                                            

リリアも慌てて後を追おうとしたが、シグルドの歩みが早すぎて玄関にたどり着いた頃には馬車はもうとっくに走り去ったあとだった。                       

                                            

(あの日のこと・・・。これがわかればシグルド様のお考えもわかるのかしら)        

                                        

走り去った馬車を眺めながらぼんやりそう考えていると、アルベルトがやってきた。             

                                                 

「シグルド殿下とのお茶は楽しめたかい?」                            

                                              

優しく気遣ってくれる父にリリアは子供のように抱きつき、深呼吸をした。アルベルトはそんな娘を優しく抱きしめて背中をさする。


「突然のことで疲れただろう。よくお役目をはたしたね。これから先は私もアルルも常にお前のそばいることは出来なくなるから心配していたが、今日の様子を見ると大丈夫そうで安心したよ」                                          

                                                

「それは近くにお父様とお兄様がいてくださったからです。この先、私一人で王城に向かうのは怖い・・・。お父様、お願いですからチェルシーを私付きのメイドとして王城に一緒に連れていく事はできないでしょうか」                                 

                                                 

リリアが懇願するとアルベルトは笑顔でこたえる。                          

                                                 

「わかった。その旨はオルド陛下にお願いしてみよう。おそらくお前の願い通りになると想うから安心しなさい」                                      

                                                  

アルベルトはそう言うとリリアの頭を優しく撫でる。

リリアはこうやって父親に甘えるのは随分久しぶりだったので、冷静になってくると少し気恥ずかしかったが、不安に押しつぶされそうな心は父親に甘えることで冷静になって行くことがわかったので、そのまま甘えることにした。                         

                                                

「王城にはアルルも書庫に勤めているからね。困ったことがあったら書庫に助けを求めなさい」                                           

                                                

アルベルトは優しくリリアにそう言った。                            

兄のアルルは学舎で大変優秀な成績をおさめたため、本来王の側近になるはずだったが、当のアルルは権力に無頓着で、書物が好きだから書庫に勤めると言って聞かなかった。本来そんな我儘が許されるはずもないのに書庫で務められているのは、どんな形であれ、アルルを王城においておきたいという王家側の考えあってのことだった。                    

                                                 

「お兄様が書庫にいてくださってよかった。私も困ったことがあったらお兄様に聞いてもらうことにします」                                       

                                               

リリアはそう言ってようやく笑うことができた。                        

                                                

「どこにいてもリリアは一人じゃない。それにどうしてもダメならいつでも戻っておいで」       

                                               

一旦王城に上がった娘は本来戻ることは出来ない。それをアルベルトも知らないわけではないのにそう言ってくれるのは、万が一の時はリーンデルト家の権力を行使すると言ってくれていることだと分かったから、リリアは父の気持ちが嬉しくてコクンと頷きアルベルトを強く抱きしめた。

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